映画史・時代劇研究家の春日太一。落語やアニメに造詣が深く大学講師も務める学者芸人・サンキュータツオ。宮崎駿作品の監督助手から数々の作品を手掛ける気鋭のアニメーション監督・宮地昌幸。プライベートでも親交の深い3人が、大好きな映画を語り尽くす! 3人のディープでマニアックな偏愛っぷりをどうぞご覧あれ!

今回のテーマ

黒澤明Part3
『わが青春に悔なし』

『わが青春に悔なし』

『わが青春に悔なし』

1946年公開、黒澤明監督の戦後最初の監督作品。滝川事件(京大事件)とゾルゲ事件をモチーフに、ファシズムの吹き荒れる時代にあって自らの信念に基づいて強く生きる女性の姿を謳い上げたドラマ。国民的アイドル・原節子が芯の強いヒロインを好演した。

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春日:黒澤明の映画としては、戦後一発目の映画ということになるわけで、ある種、「黒澤明」というものが形作られていく時期なんですよ。つまり、今まで軍というものがあって、その中で検閲を受けて、企画も決められていた中で、自由に映画が作れなかった。戦争が終わり、ようやく黒澤自身が自らの言葉で映画を作れるようになってきた。
 戦争の間は映画ではまともに青春というものを描くことができなかった。つまり若い命というのはお国に捧げるものであるから、青春というのは自我ですよね。青春を謳歌するということは、あってはならないことだったわけで、非国民ですよ。そういうことをする人間は。つまり青春を謳歌する人たちの描写がようやくできるということがひとつ。それからもうひとつは、戦後復興していく日本に対する黒澤なりのメッセージを入れている。それは何かというと、「日本が新しく立ち直るのに大切なのは、自我を尊重することである」ということを黒澤ははっきりと言っている。

宮地:小津安二郎監督で受けていた原節子さん像が変わりました。この映画では初め、意外とはつらつとしたキャラで、毒気のある女の子として来たのが、後半にひっくり返ってたくましくなるみたいな、女一代記みたいになっていたのが見やすかった。原さんはやはり魅力的だなと思いました。

放談風景1

あとはやはり『風と共に去りぬ』とかで、お金持ちの女の子が大地を耕すところから再スタート、みたいなちょっと古き良きハリウッド映画の、ジョン・フォード監督のモーリン・オハラのような、たくましい女性像への憧れみたいなものを黒澤さんも持っていたりして、その感じが音楽の壮大さとともに良いなと思ったのと、杉村春子さんがやっぱり上手いなという。
 あと技術的に大事だなと思ったのは、原さんがみんなに馬鹿にされて、村八分にされて「ちきしょー」って言っているときに、草木がざわざわしているのが人々の笑い声に聞こえるっていうシーンがあって、黒澤監督ってどこかこう、オーソドックスな雰囲気でダサいとか、映画史では作家性がなく真っ直ぐだとか思われていますけど、やはりすごく詩的で、ポエティックな表現をたくさん持っていて、時間経過を表現するときとかも、オーバーラップを使いながらも風が揺れていて四季を描いてというのが本当に巧みで、やはりああいうところからオーソドックスな部分を勉強するのも大事だなと思いました。

タツオ:僕はもう、原節子、良いなって。この映画は原節子が魅力的かどうか、ということなんじゃないですかね。原節子さんは小津監督作品のイメージが強いですけど、黒澤の原節子も良いんじゃね?っていう。いわゆる、原節子は原節子であって女優じゃない、みたいな論法ってあるじゃないですか。ちょっと下手、じゃないですけど。

春日:スターとしての原節子以外の何者でもないものを演じているというね。

タツオ:僕は原節子さん、上手いなと思いましたよ。

春日:これは改めて見るとそう思いますよね。

タツオ:リアクションのひとつひとつを結構長回しで撮っているのですけど、そこのお芝居とかすごいなと思いますよ。

宮地:技巧派でもありますよね。

タツオ:あとはこの時代の日本人て、みんな真っ直ぐだったんだなというのは感じました。何だろう。良いなって思いますね。僕、生まれる時代を間違えたなーって(笑)

春日:この時代も大変だったと思いますよ(笑)

宮地:村八分とかがすごい時代でしたよ(笑)

春日:僕らはどちらかというと(村八分に)遭う側の人間でしょ?

タツオ:貞操観念とか、義理人情みたいなもの、全て繋がっているなと。何のために生きているのかということに。生きるために生きているわけじゃないじゃないですか、彼らは。やっぱり、リアルに国を守るということで戦っていた世代で、どうしても今ある平穏とかっていうのも、全部自分たちで創り出してきたものだというね。最近もよく言うじゃないですか、フランスの風刺画の表現がキツいだとか。あれってフランスが自由を勝ち取ったからだとか、日本はそうじゃないから云々って言うけど、それと似たような感覚っていうんですかね。この人たちって、命よりも大事なものがあった時代の人たちだから、そういう生き方を見て、素敵だなって純粋に思ってしまいますよね。なので、良いなって思うし、原節子良いなって思えちゃう。僕は単純にキャラに感情移入することで楽しめたなって感じですね。

放談風景2

春日:あえて黒澤が女性に、原節子にここまでやらせるということで、ぶつけていってるんですよね。そこはやはり、新しい日本のあるべき姿というものを、あの原節子に託している。新しい日本の象徴として原節子がいるんだとしたら、そうはさせじとする日本の横繋がりの村社会の、その中の相克というものを最後の最後で黒澤はぶつけていってるんですよ。

タツオ:ちょっと学生服が軍服に見えてきますもんね。

春日:まあ、特に藤田進が着ているせいもあるんですけどね。あの人が着ると全部軍服に見えるから(笑)

『素晴らしき日曜日』

春日:僕は実を言うと、黒澤明の現代劇でいちばん好きな映画です。

タツオ:いい作品ですね〜これ!

春日:これは多分、現代の僕たちが見た方が面白いんだろうなって思います。

タツオ:これは全オタク必見の映画ですよ。

宮地:なんでオタク?

春日:これはもうオタク映画でしょう。

タツオ:「どうせ俺は」っていう心のブスを抱えている男とか、低所得者層とか。

宮地:なにそれ、そんなジャンルあったの?(笑)

春日:デートに誘ってもやることがない、デートはするけど何をやればいいんだという。

タツオ:最高の彼女じゃないですか。しかも物語中怒らない。

《トーク完全版の音源をアップ!》

※この後展開されることになる、『素晴らしき日曜日』をめぐるラブコメ作家としての黒澤論はYouTube配信の音源でぜひお聴きください!

※次回は4/17(金)UP、テーマは『白と黒』です。お楽しみに!

【プロフィール&近況】

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春日太一

■プロフィール

1977年東京都生まれ。映画史、時代劇研究家。関係者40名超のインタビューを収めた豪華決定版「五社英雄(文藝別冊)」ほか著書多数。最新刊「役者は一日にしてならず(小学館)」、「時代劇は死なず!―京都太秦の「職人」たち(河出文庫)」が好評発売中。

近況

プロ野球が始まっちゃってるんですよねー。

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サンキュータツオ

■プロフィール

1976年東京都生まれ。漫才コンビ「米粒写経」のツッコミ担当。博識を生かした落語関係、学術論文の執筆などのほか、一橋大学の非常勤講師を務める。イラストやアニメ、映画への造詣も深く、幅広く活躍。定期落語会「渋谷らくご」に出演中。

近況

大学の授業が始まりました。授業は準備が大変ですが、いざ学生の顔を見るとやって良かった、と思うのです。

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宮地 昌幸

■プロフィール

1976年、神奈川県出身。アニメーション監督・演出家。宮崎駿監督の主催する「東小金井村塾」で演出を学び、『千と千尋の神隠し』の監督助手に抜擢される。その後、富野由悠季監督作品に携わる。近年の監督作に「亡念のザムド」、『伏 鉄砲娘の捕物帳』など。

近況

『ミレニアム・マンボ』という映画を偏愛しています!