映画史・時代劇研究家の春日太一。落語やアニメに造詣が深く大学講師も務める学者芸人・サンキュータツオ。宮崎駿作品の監督助手から数々の作品を手掛ける気鋭のアニメーション監督・宮地昌幸。プライベートでも親交の深い3人が、大好きな映画を語り尽くす! 3人のディープでマニアックな偏愛っぷりをどうぞご覧あれ!

今回のテーマ

黒澤明Part4
『醉いどれ天使』

『醉いどれ天使』

1948年公開、戦後の混乱期のヤミ市を舞台に、飲んべえの医者と結核にかかった若いチンピラやくざとの交流を描く。本作が新人・三船敏郎の初主演映画にして、黒澤=三船の黄金コンビ誕生の記念すべき作品。

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春日:黒澤明は女性を描くのは決して上手くはないというのが一般的なイメージで、僕自身もそういう認識を持っています。

タツオ:男だらけの映画ばかりですもんね。

春日:非常に男臭い。たまに出てくる女性もあまり女っぽくない女性が多い。ところがここまで見てきた『姿三四郎』、『一番美しく』、『わが青春に悔なし』、『素晴らしき日曜日』これらの共通項は、女性が美しい、可愛いというのがあるわけですよ。つまり黒澤明は女性を描けている。
 ではなぜ女性を描けなくなったのかというと、この『醉いどれ天使』で黒澤の中に革命が起きちゃうんですね。ここで三船敏郎と初めて出会うわけですよ。今まではある種自分の中の憧れであったりファンタジーであったり、理想やメッセージを女性に込めて描いていたから女性が美しく描かれていたわけなんですよ。
 ところがもう、ありとあらゆるものを全て三船敏郎が体現してくれているんですよ。黒澤の持っている理想を。『醉いどれ天使』について黒澤が「ここでやっと、これが俺だというものが出たんだな」と言っているんですよ。つまり三船という存在が手に入ったことによって「俺の映画だ」って言えるようになった。黒澤にとって三船が「俺」なんですよ。この『醉いどれ天使』というのは黒澤明にとっても大きかったし、世界の映画史にとってもとてつもなく大きな出会いであったと。
放談風景1  黒澤は三船という肉体を手に入れたことによって、完全覚醒を果たすことになっていく。それまでは藤田進が男としていたわけですよね。藤田進はやはり、顔は黒澤的であるけれど、やはり重いんですよ。そんなに動ける人でもない。三船というのはやはり躍動感があって運動神経もあって何でもできる人だから、黒澤としては何でも任せられる。
 この二人の出会いというのがまた良いんですよ。すごく良くてね、三船は当初撮影技師になりたくて東宝を受けたのが、書類選考上の手違いによって何故か東宝ニューフェイスの試験を受けさせられた。多分書類を見たときにあの顔が来たわけですから撮影じゃない、間違いだろうと役者の方に回したんだろうけど、三船本人としては喰い扶持も欲しいから仕方なく役者の選考の方に行って。そうしたらあの三船の芝居をするわけですよ。当時からすると、なんだこいつ、おかしいんじゃないか、というような感じで結構ざわついたんですよ。そうしたらその審査員の一人に大女優の高峰秀子がいた。

宮地:おお、あのデコちゃん。

春日:彼女は黒澤と仲が良いですから、昼休みに、ちょうど黒澤が『素晴らしき日曜日』を撮っているセットのところに現れて、「すごいのが一人いる、ただこの男、態度が少し乱暴でね、当選すれすれだから見に来てよ」と黒澤に言って、そのオ―ディション会場に黒澤が行ったと。

宮地:伝説的だな~。

春日:黒澤は「私は昼食もそこそこに試験場に行ってみたら、そのドアを開けてぎょっとした。若い男が荒れ狂っているのだ」と。

タツオ宮地:(笑)

春日:「それは生け捕られた猛獣が暴れているようなすさまじい絵姿だった。しばらく私は立ちすくんだまま動けなかった。しかしその男は本当に怒っているのではなく、演技の課題として与えられた怒りの表現を実演していたのである。その演技を終えた若い男はふてくされたような態度で椅子に掛けて、『勝手にしろ!』と言わんばかりに審査員を睨め回した。私にはその態度が照れ隠しの仕草として良く分かったが、審査員の半ばはそれを不遜な態度と受け取った様子だった」ということで、実は三船は落とされそうになっていたところを黒澤が何とか救うかたちになる。

宮地:出会っちゃいましたね。

春日:「審査が落選と決まった時に、私は思わず『ちょっと待ってくれ』と大きな声を出した」とも言っています。

タツオ:ええー!

宮地:惚れちゃってるじゃないですか。

春日:自伝でそこまで書いちゃっていますからね。

宮地:恋ですよ。恋の始まりですよ。タツオさん、どう思います?

タツオ:黒澤明=乙女説というのがあって、これまでの4作に出てきた女性というのは、自分の中にいる乙女の理想形のようなものを描いたところがあるんですよ。

春日:男から見た理想じゃなくて。

タツオ:そう。乙女から見た「こういう女性でありたい」というものなんですけど、黒澤明はもう三船に恋をしたんだと思います。理想の男であり、また扱い方はヒロイン的であるんですけど、「もう女は要らねえ、こいつ一本でいく」というくらい恋をしているというのがあると思うんですよ。その中で、映像の中では三船と誰がそういう関係になるのかという三角関係を描いている。

春日:カップリングだ。

タツオ:『醉いどれ天使』は公式BLだと思っています。

春日:おお、きたか!でもこれはやっぱりそうですよね。

タツオ:もしかしたら黒澤明は日本初の「腐男子」かもしれない。

宮地:志村喬と三船がですか?

タツオ:そうそう。作品の中では、(その二人)ですよ。またそれを(三船に恋する黒澤自らが)撮っているっていう三角関係なんですけど。

春日:それ(劇中の二人)を(外側から)見ている黒澤がいるわけでしょ。

タツオ:それで嫉妬している自分、みたいな。

放談風景2

宮地:何だそれ、プレイじゃん!(笑)

タツオ:(黒澤は)志村喬に感情移入している自分みたいなのがあるのかもしれないですけど。王子様でありヒロインなんですよ、三船は。それで、二人(志村と三船)ともツンデレじゃないですか。これは男×女だと成り立たないんですよ。男×男だから二人とも素直じゃないツンデレという。

春日:志村と三船のカップリングがそうなんですね。

タツオ:(志村は三船の)体のことを気にしているけど、すごくぞんざいな言い方になる。気にしてくれているのが嬉しいから一応気持ちは酌むんだけど、すぐイラっとする三船。たまらんカップルですよね。攻めっぽいキャラの方が病気っていうドラが一個乗っかっている。

春日:わざわざ助けに行って、ボコボコにされて追い出されるとかね。

タツオ:最高のカップルですよ。このまま漫画にしてもいい。

《トーク完全版の音源をアップ!》

※BL視点で語る黒澤と三船の出会いは、このままヒートアップし本作のディテール描写の話から次作『静かなる決闘』まで雪崩れ込みます。その模様はYouTubeでの音声配信でぜひお聴きください!

次回は5/1(金)UP、テーマは黒澤PART5『野良犬』です。お楽しみに!

【プロフィール&近況】

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春日太一

■プロフィール

1977年東京都生まれ。映画史、時代劇研究家。関係者40名超のインタビューを収めた豪華決定版「五社英雄(文藝別冊)」ほか著書多数。最新刊「役者は一日にしてならず(小学館)」、「時代劇は死なず!―京都太秦の「職人」たち(河出文庫)」が好評発売中。

近況

春ですね~。

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サンキュータツオ

■プロフィール

1976年東京都生まれ。漫才コンビ「米粒写経」のツッコミ担当。博識を生かした落語関係、学術論文の執筆などのほか、一橋大学の非常勤講師を務める。イラストやアニメ、映画への造詣も深く、幅広く活躍。定期落語会「渋谷らくご」に出演中。

近況

先日、浄瑠璃寺に行きました。昔から好きな寺ですが、九体仏がいる珍しいお寺で、お堂の匂いも最高です。

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宮地 昌幸

■プロフィール

1976年、神奈川県出身。アニメーション監督・演出家。宮崎駿監督の主催する「東小金井村塾」で演出を学び、『千と千尋の神隠し』の監督助手に抜擢される。その後、富野由悠季監督作品に携わる。近年の監督作に「亡念のザムド」、『伏 鉄砲娘の捕物帳』など。

近況

『オアシス』という映画が好きです。イ・チャンドン!