映画史・時代劇研究家の春日太一。落語やアニメに造詣が深く大学講師も務める学者芸人・サンキュータツオ。宮崎駿作品の監督助手から数々の作品を手掛ける気鋭のアニメーション監督・宮地昌幸。プライベートでも親交の深い3人が、大好きな映画を語り尽くす! 3人のディープでマニアックな偏愛っぷりをどうぞご覧あれ!

今回のテーマ

黒澤明Part5
『野良犬』

『野良犬』

巨匠、黒澤明監督による刑事サスペンス。新任刑事・村上(三船敏郎)は、満員バスの中で拳銃を盗まれてしまう。直ちに非常線が張られ、村上もまたスリ科の老刑事・佐藤(志村喬)と組んで犯人を追うが、奪われた拳銃を使った殺人事件が起きてしまう。日本映画に”刑事もの”という新しいジャンルを確立した作品。

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春日:『野良犬』ですが、流れとしては、前回(『醉いどれ天使』で)黒澤がついに三船と出会い、自分を表現できる肉体を得たという感じになります。ついに肉体を得て「さあ俺はやれるぞ」というところでもう一人、志村喬という二つ目の肉体を得るわけです。現代劇での黒澤、三船、志村喬のトライアングルの完成形はおそらくこの『野良犬』であろう、ということが言えます。
 黒澤の陰と陽じゃないですけど、両面をこの二人がカバーしつつ、完璧な世界観を作っていくという。ヒューマンな部分は志村喬がやりつつ、アクションだとかスケール感というものを三船がやっていくという、両輪ができる形で。

タツオ:この三船敏郎、格好良いですよね~。そしてまた志村喬が、できる人なのかそうでないのか、ボーっとした感じの・・・

宮地:前半に出てこないで途中から出てきたんですけど、あの出方。犯人と仲良くなっちゃってアイスキャンディーをなめていたり。あれが良い。親しくなっていく感じでいく作戦の人みたいな。

タツオ:でもちゃんと取り調べしてるっていう。

春日:そこでひねってるなと思うのが、そういうときの人物配置って、志村喬はどちらかというと人情派で、三船の方が現代的な男だったりするんですけど、これが面白いのは三船の方が犯人に共感したりする人情派で、志村喬は徹底してリアリストなんです。

放談風景

タツオ:ああ~そうだ。そうなんですよね。

春日:もの凄く醒めていることを言うんですよ。

タツオ:三船が「(犯人の気持ちが)分かる気がする」とか言うと、(志村は)「同じ状況の人もいっぱいいる」みたいにね。

春日:(志村は)「(犯人に)感情移入してはいけないんだ」ということを言っているんですよね。人情派に見せて実はリアリストで、三船の方が戦後世代といわれながらも人情派で熱い男だったりする。このひねり具合というか。

宮地:いつもと違いますよね。

春日:いわゆる“バディもの”の中でもひねっている所だなと。

タツオ:(黒澤は)楽しかったでしょうね~。『醉いどれ天使』とはまた違った感じの関係性で。「良いね!この関係性も!」なんて言って。

春日:『七人の侍』に繋がっていく「どうすればこの二人が一番盛り上がるか」という。

タツオ:そしてその二人が輝くように、周辺の人物配置も徐々に黒澤組の人たちを集めてきて、オールスターが結集してきている感じに。

春日:ついに木村功がここで現れるわけですよ。犯人役でね。木村功が来ることで『七人の侍』のラストピースが埋まる形になるわけですよ。黒澤映画にはいなかったんです、この細面のイケメンというやつが。インテリ系の。これがついに来て、最後は三船と対決するわけですから、「大河ドラマ版『七人の侍』」が起きている気がするんです。

タツオ:そうですよね~。

春日:あと黒澤の良いところって、破綻といったら何なんですけど、変なシーンがあるところ。映画の中に必ず(ある)。(今回)変だなと思ったのが(淡路恵子が)「楽しいわー」って踊ったら、母親が来て服を脱がせて外に捨てて、そこに雨がぶわーっと降ってくるという。おかしなシーンですよね。

宮地:くるくる回ってるシーンですよね。

春日:こういう訳の分からないシーンをバシッと入れてきて、そこが意外と印象に残るし、何か分からないけど面白いという動きが出てくる。

タツオ:レビューの女の子たちが公演が終わって二階の座敷で暑い中、ぐでーっとなってるところとか、凄く印象に残ってる。浅草のレビューってこんな感じだったんだ、みたいな。単純にそういうところに興味があったり。あとは野球場の感じとか。ああ、当時はこういう感じだったんだなと。単純にそこだけでも面白かったんですよね。

放談風景2

春日:「東京の当時の風俗を描いた映画だ」ということが、映画史的な捉えられ方はしています。

宮地:街並みが主人公って、本当にそうですよね。3点くらい面白いなと思ったところがあって、まず映画世界史的に、並列的にはどうなのかなって。志村喬と三船の“バディもの”の典型がここにあるなと思って。それって今でいうと「相棒」になるし。

タツオ:そうだよね。水谷豊だ。

宮地:後輩育成ものみたいで、野良犬である三船がどうやって警察組織に飼いならされて、良い警官になっていくか、みたいな。師範と出会うというか、それこそ『七人の侍』じゃないですけど、“ハウツーもの”として凄く面白いのと、あとは最近見たからかもですけど、イーストウッドの映画を見ている気持ちになったんです。
 『ルーキー』という映画があるじゃないですか。警察ものの。警察が犯人を捜すときにスタジアムに行くとか、他にも『ダーティ・ハリー』もスタジアムに行くし。ハードボイルド感が凄くイーストウッドを連想させるんですよ。

春日:感性は似ているでしょうからね。

宮地:今まで黒澤イコール侍映画の人ってすぐ思っちゃったんですけど、何でも出来ていて、あらゆるものの典型というか型を作った人なんだなと。  あとタツオさんがおっしゃっていた、レビューの人がグデ~っとしているシーン、あれは僕も印象に残っていて、やっぱり画作りが上手いんだなと思って。「どうですかこの画、いいでしょ?」という画じゃなくて、映画との親和性が高くて上手いなと思っていて、印象に残っているのは、志村喬が、飲むところが無いから三船を自宅に呼ぶじゃないですか。

タツオ:あれ良かったよね~。

宮地:あの流れも良いんですけど、イマジナリーライン的には、右に志村喬、左に三船ということでずっときているんですけど、二人のショットを撮るときにはポジションを逆にして、ひっくり返して家の縁側の方が見えるようにしているんですよ。それで印象が良い画の方を撮るんですよ。混乱を招いたとしても。家の中だとやっぱり貧乏臭いのが映っちゃうじゃないですか。縁側を撮って、ちょっと暗い夜がある、みたいなものを背景にして撮るとか、やっぱり良い画の方を撮りながら、どう印象に残るかということをちゃんと考えていて、ただただ技巧ではなくて、印象論で画選びをしているところがあるんですよ。

春日:(黒澤映画には)それはありますね。

宮地:それが凄いなと思って。以前に見たときには気付かなくて、あらためて見てスゲー!と思ったのが、最初の頃のシーンで、三船が復員兵の格好で汚れた街に落ちていくじゃないですか。あのときもサイレント芝居みたいになっていて、ひとつもせりふが無くて、雨の中闇市を走り抜けて、拳銃のブローカーに出会うところとか、聞き込みをするシーンのときに蒸気機関車の音がしていて、「シュッポ、シュッポ」という音を後で入れているんですけど、野良犬の息遣いと被っていくという、もう凄く面白い。

春日:おお~、なるほど。

宮地:それで聞き込みをしているんですけど、そのせりふは一切無いんです。三船が聞き込みをしている画に、蒸気機関車と犬の音を被せていってる。こんなにセンスのあることが出来る人はいないと思いました。

《トーク完全版の音源をアップ!》

※『野良犬』談義はまだまだ続きます。あとはyoutubeでも完全版音源でお楽しみを!

次回は5/8(金)UP、テーマは『血と砂』です。お楽しみに!

【プロフィール&近況】

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春日太一

■プロフィール

1977年東京都生まれ。映画史、時代劇研究家。関係者40名超のインタビューを収めた豪華決定版「五社英雄(文藝別冊)」ほか著書多数。最新刊「役者は一日にしてならず(小学館)」、「時代劇は死なず!―京都太秦の「職人」たち(河出文庫)」が好評発売中。

近況

勝野洋さんにインタビューさせて頂きました。

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サンキュータツオ

■プロフィール

1976年東京都生まれ。漫才コンビ「米粒写経」のツッコミ担当。博識を生かした落語関係、学術論文の執筆などのほか、一橋大学の非常勤講師を務める。イラストやアニメ、映画への造詣も深く、幅広く活躍。定期落語会「渋谷らくご」に出演中。

近況

この記事がアップされる頃はどうかわかりませんが。今年のベイスターズは一味違います。

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宮地 昌幸

■プロフィール

1976年、神奈川県出身。アニメーション監督・演出家。宮崎駿監督の主催する「東小金井村塾」で演出を学び、『千と千尋の神隠し』の監督助手に抜擢される。その後、富野由悠季監督作品に携わる。近年の監督作に「亡念のザムド」、『伏 鉄砲娘の捕物帳』など。

近況

『野良犬』を見た人に「張り込み日記」(写真集)をオススメします。