映画史・時代劇研究家の春日太一。落語やアニメに造詣が深く大学講師も務める学者芸人・サンキュータツオ。宮崎駿作品の監督助手から数々の作品を手掛ける気鋭のアニメーション監督・宮地昌幸。プライベートでも親交の深い3人が、大好きな映画を語り尽くす! 3人のディープでマニアックな偏愛っぷりをどうぞご覧あれ!

今回のテーマ

『歩いても 歩いても』

『歩いても 歩いても』

『そして父になる』のカンヌ映画祭審査員賞受賞も記憶に新しい是枝裕和監督によるホームドラマ。長男の15周忌で実家に集まった次男一家や両親の姿を静かにとらえ、温かだが時に厄介な家族の関係を見つめていく。

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春日:さて『歩いても 歩いても』ですが、これは宮地さんセレクションでございます。

宮地:春日さんは現代邦画は語りづらいかもしれないですけど。

春日:先に言っておくと、僕の感想はこの連載にそぐわないものになると思うから、今回は聞き手に徹します。

放談風景1

宮地:僕は是枝裕和監督は、大学の頃に特別講師として一度講義に来て頂いたことがあったんですけど、年齢が近いこともあって(親しみがある)。当時は岩井俊二さんなんかが受けていて。僕なんかも「岩井俊二、なにを~」っていう蓮っ葉な気持ちで見ていたんですけど、やっぱり好きな部分もあって近親憎悪的な感情もあった。

 是枝監督の作品は一応全部見ているんですけど、『誰も知らない』を見たときに、ああ凄いとこまでくるな、と思って。やっぱり最近の作品は完成度が高いなと思って見てるんですよ。昔のシネフィル的な、映画を勉強しているなっていう面白さ、良さはもちろんあるんですけど、例えば『花よりもなほ』だと、立川談志師匠の「忠臣蔵に行けなかったやつが落語なんだ」というような、市井の人たちが成り立つためにそういうキャラを、本当に談志師匠の影響だって本人もおっしゃっていて、そういうのを(作品に)出したりとか。あと『誰も知らない』を描いていていたときに、この映画って何かに凄く似ているなと思って。高畑勲さんの『火垂るの墓』の描き方の切り口と凄く似ているんですよ。

タツオ:へえ~。

宮地:一番初めに小さな女の子が死んで、アポロチョコを持っているという小さいギミックの使い方と、柳楽くんが女の子を埋葬するシーンから始まっているところって、『火垂るの墓』で節子を埋葬するシーンから始まるときのように、不幸の物語を描くときに結果が初めから分かっているんですよ。この人は死にます、って。その結果を先に見せてしまって、そこに至るプロセスを忘れさせるくらい生き生きと少年たちを描くという、全く逆のやり方をしていて、近代映画からしっかり勉強していて、シネフィル的な鼻につく感じにしないように昇華しようとしているところが、認めざるを得ないくらい最近好きになってきました。その中でも、是枝監督の前半のスタイルみたいなものが『歩いても 歩いても』で完成したのではないかと思うくらいに出来が良かった。「家族って何だろう」ということを凄く考え直すという。自分でも共感できるところも多かったですね。

 あと樹木希林さんの演技がハチャメチャに面白いとか、この作品と『わが母の記』という原田眞人監督の二つは“樹木希林ムービー“と呼んでもいいくらいに、老いとかおばあちゃんというものを普遍的に(演じている)。『歩いても 歩いても』の中で、「シュークリームをもらったら、仏様に一回置いてから食べましょうか」っていうのがパッと出てくる。あれは僕の祖母も言っていたし、天ぷらを揚げたときに「それにちょっと醤油を垂らすと美味しいよ」っていうのも絶対に言うし。

タツオ:「もう自分でやるから」って。

宮地:おばあちゃんあるある。「リンゴを剥こうか?」ってすぐ言うとか、そういういちいち面白いところが一杯あるんですよね。

タツオ:僕は非常に文芸的な映画だと思って見ていて。何かこう、小説映画みたいな。余韻の残し方というか。人物たちがいた空間を撮っていて、彼らがいなくなったところまでを余韻として撮るじゃないですか。玄関のシーンだったら玄関のシーンで、シュークリームを持っていって、みんなは床の間に行く。でも玄関はそのまま撮っておいてフェードアウト、みたいな。あくまで空間を描写するような感じの演出であったりとか、人物描写に関しても、まあ言ったら味付けが濃い人たちなんですけど、存在感もさることながら人物描写が割と複層的というか。これは漫画とかアニメの文法とは逆で、いかにも人が良さそうなおばあさんが、自分の息子が死んだ原因は溺れた子どもを助けるためで、その助けられた子どもはまだ生きている。でもおばあちゃんは「自分の子じゃあるまいし」ってポロっと言う。「何で助けなきゃいけなかったんだろうね」って。悪い樹木希林が出てくるんですよ。

宮地:ワル樹木希林、ちょいちょい出てくるんですよね。嫁姑問題だったり。

タツオ:それが人間ですよね。頑固で口数が少ないツンデレおじいちゃんと思っていた人が孫を目の前にすると、こんな子どものあやし方も知っているんだっていう器用さも見せたりとか。子どもの前では恥ずかしくてできないことを、孫の前では平気でやる。「医者にならないか?」とか要求を思い切りストレートに伝えたりとか。そういうところで、文芸的な技術というものを映像でやるとこうなるのかなと思ったり。

宮地:夏だから、お盆ということも含めて、結局いない(亡くなった)お兄さんが凄く家族を繋いでいた。“家族って何なんだ問題”があるじゃないですか。弟(阿部寛)は死んだお兄さんに苦しめられているし、そのお兄さんというものが、夏に一日帰省するともう一度みんなに意識されるから、帰りたくない感じもあるじゃないですか。また兄貴と比べられるって。居ないものが居るというファンタジーを強要される、あの時を未だに再現しろと言われるこの家族、とか。そういうものから家族って面白いなと思ったりするんですよね。

タツオ:あとはモンキチョウの描写とかも含めて、いかにも小説、大学の文芸クラスで教わった小説の書き方で小説を書いてみました、みたいな。言っちゃあ何ですけど小手先芸がスゲーんですよ。テクニックが。

放談風景2

春日:うん。わかるわかる。僕はそこが気になり過ぎちゃってるんだよな~。はっきり言うと、あざとい。

タツオ:映画好きは凄く喜ぶようになっているんだけど、薄味というか、大まかなストーリーが無いからだと思うんだけど、そこを役者の味付けが濃いことによってクリアしているというか。これが本当に無名な役者とかだったら誰も見ないんじゃないかっていう。

春日:見ないね~。120分もたないね。

タツオ:「あの映画良かったね~」と映画好きが語らうだけの映画になりそうなところをこのキャスティングでカバーしているから。やっぱり原田芳雄の存在感とか凄いじゃないですか。喋らないのに。

宮地:是枝監督、というかどんな監督もそうなんですけど、全部が好きというわけではなくて、気になるところも無くはないんですけど、そんなに小手先ですかね~?あの小さい男の子(田中祥平=横山あつし役)の描き方とかも、男の子の立場からするとひと夏の物語にちゃんとなっているし。

春日:全部がちゃんとなり過ぎているんですよ。

タツオ:そうなんですよね。あの子が「お父さん」って呼べないところとか、何でそんな分かりやすいギミックを作るの?って。

春日:ひとつひとつのキャラとか、配置、せりふのやり取りとか、全てが評論しやすく作られているんですよ。これほど評論家を喜ばせる作品は無いと思っていて、お客さんを喜ばせるよりも、僕は面白い大喜利に答えていっているような気がして。つまり、あざとい。映画の作り方として。技巧に酔っているというか。僕はその自然体が作為的に見える。そしてその向こう側に彼(是枝監督)のドヤ顔が見える。

完成度は高いし、面白い映画ですよ。好き嫌いという生理的な問題です。僕は本当に気持ち悪いと思っちゃった。

《トーク完全版の音源をアップ!》

※「聞き手に徹する」と言っていた春日さんが収まらなくなってくる後半の不穏な展開はYouTubeの完全版音源にて。ぜひお聴きください!

次回は5/22(金)UP、テーマは黒澤PART6『生きる』です。お楽しみに!

【プロフィール&近況】

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春日太一

■プロフィール

1977年東京都生まれ。映画史、時代劇研究家。関係者40名超のインタビューを収めた豪華決定版「五社英雄(文藝別冊)」ほか著書多数。最新刊「役者は一日にしてならず(小学館)」、「時代劇は死なず!―京都太秦の「職人」たち(河出文庫)」が好評発売中。

近況

火野正平さんにインタビューさせて頂きました。

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サンキュータツオ

■プロフィール

1976年東京都生まれ。漫才コンビ「米粒写経」のツッコミ担当。博識を生かした落語関係、学術論文の執筆などのほか、一橋大学の非常勤講師を務める。イラストやアニメ、映画への造詣も深く、幅広く活躍。定期落語会「渋谷らくご」に出演中。

近況

「ヘンな論文」という本を書きました。角川学芸出版から1,200円(税抜き)。買ってネ!

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宮地 昌幸

■プロフィール

1976年、神奈川県出身。アニメーション監督・演出家。宮崎駿監督の主催する「東小金井村塾」で演出を学び、『千と千尋の神隠し』の監督助手に抜擢される。その後、富野由悠季監督作品に携わる。近年の監督作に「亡念のザムド」、『伏 鉄砲娘の捕物帳』など。

近況

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