映画史・時代劇研究家の春日太一。落語やアニメに造詣が深く大学講師も務める学者芸人・サンキュータツオ。宮崎駿作品の監督助手から数々の作品を手掛ける気鋭のアニメーション監督・宮地昌幸。プライベートでも親交の深い3人が、大好きな映画を語り尽くす! 3人のディープでマニアックな偏愛っぷりをどうぞご覧あれ!

今回のテーマ

『総括 黒澤明の仕事』

春日:黒澤をひと通り追ってきましたが、お二人に改めて追ってみての感想をお聞きしたいと思います。

宮地:自分より年下の人が映画をどう見るかということに直面したりもするじゃないですか。やはりモノが多過ぎて出会えなくなってしまっているという事があるんじゃないかなと思うんですよ。

春日:それはあるかもな~。

宮地:それで言うと、レンタルで黒澤作品が並んでいて、その横に『マッドマックス』みたいなのがあると、やっぱり(黒澤作品は)借りないですよね。重い、面倒臭い、と。

春日:(タイトルが)『生きる』とか『どん底』なんかだと、確かにね。

宮地:お金を払って苦痛な経験をしなければならないのか、というようになっちゃうのかもですけど、やはり古典を見る時には敬意を持って、退屈と面倒臭さを一度飲み込んでみると、倍返しで有り難いものが来るなという事を久々に経験しました。自分自身は今に生きていますから、そういうものを見ながら本当に良い古典を、古典はやはり長く残ってきていることにも確実に意味があるし、本当に良い映画ってなんだろう、という事を示してくれる。今回、時代劇以外の黒澤作品縛りで見てきて、なるほどと思って面白かった。発見もたくさんあったし。自分が今どういう映画が好きで、どういう作品の切り口が好きなのかというのも、もう改めて分かりました。黒澤作品をざっくりと言ってしまうと、「“程良くダサくて程良く格好良い“という普遍」というものを、早めに手に入れた感じですね。

春日:ダサさってありますよね。

宮地:例えば小津安二郎みたいになってしまうと、スタイリッシュで頑固過ぎて定型を変えないから、ついていけるか行けないかになる。タクアンみたいなもので、好きな人はずっと好き。向こうは変わってくれないから。

春日:そのスタイルに合うかどうかですよね。

宮地:黒澤の場合はどこかこう、野心家というか大エンタメな作家だったから、子どもからお年寄りまで一手に引き受けて楽しませて、「お前らチャンバラ好きだろー!?」って。

春日:「どうだこれ、面白いだろ!」みたいな。

放談風景2

宮地:大括りな網で観客をかっさらいながら、凄く繊細な映像センスも潜ませていたりで、凄く国民作家だったんだなと。そしてやはりパワフル。話上手というか「初めに掴みがドーンときて、この画でもっていって」という風にプレゼンしている姿が目に浮かぶというか。パンチ力があるなと。「ドラゴンボール」とか「ワンピース」とか。そういうレベルの大きな人なんだなと。

春日:ある種のハッタリ感というかね。それが“世界のクロサワ”と呼ばれる所以なのかもしれないですよね。

宮地:だと思います。本当に面白かったです。寂しい言い方をしてしまうと、こういう人がいたからこそ、同時代に小津安二郎や成瀬巳喜男が出てきたんだろうけど、映画の黄金期は最早終わってしまったのだなと、どこかニヒリスティックに感じていますね。

春日:中心に存在しているというか、核があり幹がある。

宮地:やはり凄い才能というものはメディア自体を膨張させてしまうというか。そしてその人が亡くなった時点で一気にぽっかりとさせてしまうパワーもあるから。

春日:後継者が出てくるわけがないですもんね。

宮地:後継者や新しい才能が出てきたら、その人は同じアイデアをゲームやCGに生かすとか、メディアが作品ごと成長するというものが才能なんじゃないかと思うんです。

春日:そうか、アニメにおける宮崎駿さんがそうであるように。

宮地:そうです。宮崎さんが引退すると言った時点で、変な話、アニメ自体を(一緒に)持っていっちゃったよという感じがする。僕たちが好きだったアニメ自体を人質に取られた。この人、一緒に棺桶に持っていっちゃうんだなという悔しさと、僕たちが好きだったものはどこに行くんだろうかという。でもその幻を追いかけると別のものになると思うんですよ。僕らが好きだったアニメ風な新しい何か、という感じに。落語なんかはまんまそうじゃないですか。そういう部分もあるのかなと。例えば、今『七人の侍』みたいなものを作る夢、というのもそれは嘘じゃないですか。

春日:そうですね。仰る通りです。

宮地:安易にそういう事を言いたくなっちゃう気持ちもあるんだけど、それも違うなと思って。

春日:そういう葛藤ってありますよね。

宮地:そのあたりは春日さんの方が露骨にありそうですけど。

春日:いやいや、作り手として宮地さんの方があるでしょう。

宮地:難しいなと思いました。

春日:言うのは簡単というか、「『七人の侍』みたいなの作りたいよね」、「やりましょう!」みたいなことは言えるけど、さあどうする、ということになって、じゃあ何ができるのかという現実との葛藤、ぶつかり合いというのはどうしても出てくるし。そうすると指をくわえながら黒澤を見ないといけない我々の問題というのが出てくる。
 タツオさんはいかがでしたか?

放談風景3

タツオ:凄くあたりまえなことを言うと、作家として追い続けるのが面白い人だなと。良い映画というのはたくさんあるけど、良い映画監督と言われる人はなかなかいなくて、小説家でいうと夏目漱石に近いというか、森鴎外型ではない。色んな手法で色んなパターンの映画を撮っているという意味で、なにかしらは好きな映画がある。例えばアクションがピンとこない人でも後半の作品が好きだったり。『素晴らしき日曜日』が良いとか。自分の好きな作品が絶対にひとつはある。色んな事を試しているし、語り甲斐もあるから、「じゃあ黒澤について喋りましょう」となったら一晩、お酒を飲みながら喋れそうですけど、小津安二郎について喋るとなると、「良いよね」だけで終わっちゃいそうなところがある。

春日:スタイルが、ひとつカチッとしたものがあるから。作品は語れても作家として線で語っていくというのが難しい。

タツオ:森鴎外型というかね、(小津の場合は)文体は持っているけれど、漱石の場合は表現しようとすることに合わせた文体というものを操っていながら、根底には凄く日本人らしさというものをテーマに抱えていたりもしているという意味で・・・

春日:しかもその時毎の本人の人生というものもそこにあったり。

タツオ:そう。だから今回黒澤を時系列で追えたのも面白かった。作家論として線で見ると凄く面白い。ただこの時のこの作品が面白かったね~というのではなく、だって『デルス・ウザーラ』とか『まあだだよ』なんて普通に点で見ていたら説明のしようが無いし。

春日:今回僕が(この連載の)ひとつの到達点だと思ったのが、『デルス・ウザーラ』と『まあだだよ』でこれだけ語れたという。なかなかこの年代でそれができる連載は無いなと誇りに思っていますよ!

タツオ:僕は本気で『デルス・ウザーラ』と『まあだだよ』が好きな黒澤作品なんですよ。

宮地:黒澤の中では同じタッチですよね。前回の4コマ漫画の話じゃないけど。

タツオ:日常系ですよ。ひとつの到達点というか。無駄な情報があまり無い中での、シズル感だけで持っていく感じ。

宮地:「デルス、カピタンの家に行く」ですね。

タツオ:そう。1クールのアニメみたい。黒澤の萌えアニメ見たいな~っていうね。最初から追っていましたけど、やはり“萌え”というものを体で知っていた人だと思うんですよ。それこそ三船敏郎萌えであったり、志村喬萌えであったり、あるいは三船以前だとちゃんと女優に萌えているという。そして晩年は同世代萌え。ババアとジジイを最後に撮るという。そういうところからも“萌え”という気持ちをちゃんと理解していた方なんだろうなとは思います。単に可愛い、じゃなくて。

春日:なるほど。そうか、可愛いのもうひとつ向こう側の概念なんだ。

タツオ:春日さんはどうなんですか?

放談風景4

春日:僕が好きなのって、やはり「黒澤時代劇」なんですよ。黒澤時代劇を語ることも多いし色々とあるんだけど、今回それを抜いた状態で改めて現代劇を縦で見ていくって初めてだったから、ちょっと新しい発見があった。

黒澤って、時代劇と現代劇で別の人格を持ってるんじゃないかと思う。時代劇では大エンターテインメントを作ってくるし、三船は絶対にヒーローで、『七人の侍』では英雄的な死に方をしている。でも現代劇だと悲劇的な役が多いんですよね。無力な存在であったりという事が多い。

だからこそ時代劇ではエンターテインメントに隠れて描き切れていなかったけど、現代劇を追うことで“死”の描き方の過程というものが凄く伝わって見えてきたというのがある。公開当時『夢』のラストを見て人生の励みになったというものがあったけど、その根拠というんですかね。あの素晴らしい水車のシーンを撮った黒澤に至る、あるいはその後も含めた「黒澤明と死」というテーマが前景化されてきたというか。現代劇をピックアップしたことが結果としては、新たな黒澤再発見になって勉強になりましたね。

宮地:面白いですね~。

春日:黒澤ってやはり、年代が経てば経つほどまた新しい見え方をしてくるんだろうし、角度を変えることでまた変化するだろうし。そういう人なんだよなって。

タツオ:これから2周目をやりましょうか。

春日:もう一回ね。まだチェックしていなかった作品がありますからね。『どですかでん』とか『白痴』とか、『醜聞(スキャンダル)』とかもありますからね。うん、アリかもしれないな。2周目は、いずれ来た時に考えましょう。

宮地:そうそう。晩年の作品を見た時に、「戦争と黒澤」って凄く語れるなと思いましたね。

タツオ:僕はもう、毎年『素晴らしき日曜日』をリメイクして欲しいですね。

春日:黒澤明、改めて堪能しました!

《トーク完全版の音源をアップ!》

※全12回にわたってお届けした黒澤明特集の総まとめ!YouTubeにて公開中の完全版音源で語られる三者三様の「黒澤明」をご堪能下さい。

次回は8/7(金)UP、テーマは『原爆の子』です。お楽しみに!

【プロフィール&近況】

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春日太一

■プロフィール

1977年東京都生まれ。映画史、時代劇研究家。関係者40名超のインタビューを収めた豪華決定版「文藝別冊 五社英雄-極彩色のエンターテイナー(河出書房新社)」ほか著書多数。最新刊「役者は一日にしてならず(小学館)」、「時代劇は死なず!完全版:京都太秦の「職人」たち(河出文庫)」が好評発売中。

近況

このメンバーで黒澤のフィルモグラフィを追う中で、いろいろ新しい知見を得ることができました。お二人を連載のパートナーに指名して良かったと改めて思いました。

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サンキュータツオ

■プロフィール

1976年東京都生まれ。漫才コンビ「米粒写経」のツッコミ担当。博識を生かした落語関係、学術論文の執筆などのほか、一橋大学の非常勤講師を務める。イラストやアニメ、映画への造詣も深く、幅広く活躍。定期落語会「渋谷らくご」に出演中。研究者たちの大まじめな珍論文を、芸人の嗅覚で突っ込みながら解説する著書「ヘンな論文」(角川学芸出版)が好評発売中。

近況

黒澤明が現代に生きていたら、「ワンピース」(尾田栄一郎 著)と「進撃の巨人」(諫山創 著)の実写化をお任せしたいのと、同時に「よつばと!」(あずまきよひこ 著)の実写化もお願いしたい。それくらい、幅広く、懐の深い監督だなと実感しました。

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宮地 昌幸

■プロフィール

1976年神奈川県生まれ。アニメーション監督・演出家。宮崎駿監督の主催した「東小金井村塾」で演出を学び、『千と千尋の神隠し』の監督助手に抜擢される。その後、富野由悠季監督作品に携わる。近年の監督作に「亡念のザムド」、『伏 鉄砲娘の捕物帳』など。

近況

黒澤ロスになってしまいました。黒澤が足りません。ポッカリしています。森から都会に移り住んだデルス・ウザーラみたいになってます。