映画史・時代劇研究家の春日太一。落語やアニメに造詣が深く大学講師も務める学者芸人・サンキュータツオ。宮崎駿作品の監督助手から数々の作品を手掛ける気鋭のアニメーション監督・宮地昌幸。プライベートでも親交の深い3人が、大好きな映画を語り尽くす! 3人のディープでマニアックな偏愛っぷりをどうぞご覧あれ!

今回のテーマ

『原爆の子』

『原爆の子』

『原爆の子』

新藤兼人率いる独立プロ「近代映画協会」の自主製作映画の第1作品。原爆を直接取り上げた初の劇映画。広島の原爆で一家を失った小学校教師・孝子(乙羽信子)は瀬戸内海の叔父のもとに身を寄せていたが、原爆投下以来、戻ることのなかった広島へ行くことを決意する。原爆の爪痕が残る広島で、かつての教え子たちと再会しようとする孝子だが・・・。

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春日:こちらは宮地さんのセレクションです。

宮地:セレクションというか、以前に一度挫折したことがあった作品だったんですよ。今回改めて挑戦ということで。

タツオ:挑戦というと、途中までは見たんですか?

宮地:以前レンタルで見たんですが、途中で見るのがしんどくなってしまったんです。

タツオ:『デルス・ウザーラ』みたいにもう一回見たら凄く面白いということもあるかもですよね。

放談風景1

宮地:当時見たときには、「女性の裸と原爆と」というふうになっていて、圧倒的に大きな暴力、爆弾が落ちた時に官能のような、つまりエロスみたいなものを含ませて「圧倒的な暴力に蹂躙された」という表現をしている感じが凄く印象に残っていて。あとはほぼ内容を覚えていなくて、被ばくしたおじいさんが後半に出てくるところとかで、しんどくなって止めてしまった。今回は8月ということもあってもう一回挑戦したいなと思って見たんですが……やっぱり重いね~。

春日:重いよね。重い。

宮地:でもこういう映画を、戦争が終わった後に定点観測的に作り続けなきゃいけなかったんだろうなということも分かりました。映像として残していかないと忘れていってしまうんですよね。やはりそれを残していこうとしっかりと作ったんでしょうけど。見ていて思ったのは、乙羽信子さん(石川孝子役)が、被ばくした生徒たちを回っていくのが、暗黒版「二十四の瞳」みたいだなって。

タツオ:瀬戸内海で女性教師といったらそれは『二十四の瞳』を思い出しちゃいますよね。

春日:同時代的な映画ではありますけど、ちょうど表裏一体として存在している感じは多分にありますよね。『二十四の瞳』にもそういうところがありますけど、(乙羽が)地獄めぐりのようなことをやらされています。タツオさんはいかがでしたか?

タツオ:’52年の映画ですよね。新藤監督もパンフレットなんかに書いていましたけど、自主製作映画で、色々なリスクも冒してでもやるだけの価値はあった。リアルに被ばくした人の映像とか、後遺症とかもドキュメンタリー的なタッチで描いているし、生々しい。逆に言うと「いかに原爆投下シーンと被ばくをリアルに描くか」ということではなくて、「原爆投下後、そして数年を経てもなお……」というところをリアルに描くことに腐心した映画かなと思いました。なので、冒頭の原爆投下シーンはかなり印象的には描かれていますが、別にそこをリアルにやろうとしているわけではないというところにも志の高さを感じました。

春日:ある種のドキュメンタリーと言えるかもしれないですね。’52年における復興に向かっている広島の街の様子であったり、それをそのままカメラを入れて映してしまおうというところも、復興しきってしまったら街の様子が変わってしまうし、原爆が落とされて残骸が残っている広島の街を乙羽信子を通して映しておこうという意識は多分にあったんだろうなと。

タツオ:あとね、先生って尊敬されてたんだなって思いました。

春日:ああ~なるほど。

タツオ:幼稚園の頃の先生ですらリスペクトされ続けているという。もう今では考えられないなと。「先生」という免罪符だけで教え子の父親が死んだ直後に家にのそのそ入れるという。これ今だったら「何を勝手に入ってきてるんだ」と学校に文句を言う親ばかりですよ。

春日:信頼されているわけですよね。

タツオ:「先生」というものにまだ権威があった時代の、さらに言えば責任もずっと重かったし、それに対してもちゃんと仕事をしていた。もちろん今でも多くの先生は全力で頑張っていますけど、日本はいつからこんなにも「先生」が尊敬されなくなっちゃったんだろうな、ということを考えました。

春日:『二十四の瞳』でもそうでしたが、当時の「先生」って凄く慕われて尊敬されている。ある種の町の名士というか、ちょっと別格の存在ですよね。村長とか町医者の先生なんかと同じランクにいる感じですもんね。「先生」と呼ばれる人種の中に教師が入っている。

宮地:それ面白い。映画の中で描かれてきた「先生」の変遷みたいなものも凄く面白いですね。

春日:それこそ戦前からの価値観で、「先生」というものは教養があって人間として優れていて、そしてだからこそ我々は「先生」に従うべきである、という。

タツオ:また「先生」も、言われなくてもそうであろうと努力をしていた時代なんですよね。

春日:庶民の中にある教養人の就職先として「先生」があったわけですから、基本的には「先生」というのは教養人なわけです。

タツオ:広島に行ったときに身を寄せる元同僚も、結婚をしているけど足を悪くして子どもが産めない体だということがわかって、旦那さんが帰ってくると「善は急げで子どもを貰いに行こう」という話を明るく話しているんですよ。今だったらあそこは暗く、しんみりと、となると思うんですけど。やはり原爆で亡くなった人のことを考えたら、これだけ健康でいられるのは運の良い方だという考え方とかも、妙にリアルな感じがして。

宮地:タフさのレベルが基本的に高いからね。

春日:原爆が落ちて7年が経っているから、肉体的にも精神的にも(困難を)乗り越えてきた人たちなんですよね。だからこそ、よそ者が来ることに愚痴を言ったりお涙頂戴をやる心理状態じゃないんですよ。もはや辛さが日常として成り立っている状態だという。だから誰も大げさなことをやっていないんです。

放談風景2

タツオ:そうなんですよね。やはり、今戦後70年でドキュメンタリーを作ろうとなると、終戦直後とか原爆投下直後の生々しい感じを伝えよう、というふうになっちゃいますけど、そうじゃない。70年の中の5年目とか7年目あたりだって十分重かった。だから広島の復興途中の画は逆にリアルでしたよね。焼け野原じゃないという感じが、こういう時代もあったんだと生々しく響いてくる。

春日:未だ原爆の後遺症を引きずっている人たちとか、スラムに住んでいる人たちがいる一方で、復興に向かって、市民社会を成り立たせている人たちがいるということを、図式的じゃなくてドキュメンタルな視点と言うんですかね、記録として映し出している。だからドラマとして何か大きなフックがあるかというと、そういうわけではなく、7年後の広島の日常を定点観測的にとらえていこうという映画だったような気がします。

宮地:どこか、ドラマを使いながら記録としてちゃんと残しておいて、この広島の原爆を忘れないようにしたい、あそこから地続きであることを忘れないようにしたい、という感じがありますよね。

《トーク完全版の音源をアップ!》

この後、話は劇団民藝の役者たちの上手さや新藤脚本の上手さに及んでいきます。続きはYouTubeで公開中の完全版音源でどうぞ。

次回は8/14(金)UP、テーマは『チャンバラが消えた日』です。お楽しみに!

【プロフィール&近況】

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春日太一

■プロフィール

1977年東京都生まれ。映画史、時代劇研究家。関係者40名超のインタビューを収めた豪華決定版「文藝別冊 五社英雄-極彩色のエンターテイナー(河出書房新社)」ほか著書多数。最新刊「役者は一日にしてならず(小学館)」、「時代劇は死なず!完全版:京都太秦の「職人」たち(河出文庫)」が好評発売中。

近況

夏はやはり戦争映画。いろいろ振り返り、改めて考えてみたいです。

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サンキュータツオ

■プロフィール

1976年東京都生まれ。漫才コンビ「米粒写経」のツッコミ担当。博識を生かした落語関係、学術論文の執筆などのほか、一橋大学の非常勤講師を務める。イラストやアニメ、映画への造詣も深く、幅広く活躍。定期落語会「渋谷らくご」に出演中。研究者たちの大まじめな珍論文を、芸人の嗅覚で突っ込みながら解説する著書「ヘンな論文」(角川学芸出版)が好評発売中。

近況

『海街diary』見ました。原作大好きですが、映画も良い!是枝裕和監督ありがとう!

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宮地 昌幸

■プロフィール

1976年神奈川県生まれ。アニメーション監督・演出家。宮崎駿監督の主催した「東小金井村塾」で演出を学び、『千と千尋の神隠し』の監督助手に抜擢される。その後、富野由悠季監督作品に携わる。近年の監督作に「亡念のザムド」、『伏 鉄砲娘の捕物帳』など。

近況

『コードギアス 亡国のアキト 第4章 憎しみの記憶から』に絵コンテで参加しています。是非。