映画史・時代劇研究家の春日太一。落語やアニメに造詣が深く大学講師も務める学者芸人・サンキュータツオ。宮崎駿作品の監督助手から数々の作品を手掛ける気鋭のアニメーション監督・宮地昌幸。プライベートでも親交の深い3人が、大好きな映画を語り尽くす! 3人のディープでマニアックな偏愛っぷりをどうぞご覧あれ!

今回のテーマ

『天使のはらわた 赤い教室(R-15版)<R-15>』

『天使のはらわた 赤い教室(R-15版)<R-15>』

名美がヒロインの石井隆の劇画に基づく「天使のはらわた」シリーズ。曾根中生監督のもと、転落する名美と救おうとする村木との悲痛なメロドラマを主演二人が全身全霊で体現し、シリーズ屈指の傑作となった。あるブルーフィルムの女性に心奪われモデルを熱望する村木(蟹江)に、強姦された過去と闘う当の名美(水原)も惹かれるものを感じ翌日逢う約束をするが、ある事情で村木は現れず3年経ち、場末のバーには堕ちた名美の姿があった。

放送スケジュールを見る

春日:『天使のはらわた 赤い教室』、これは僕のセレクションです。毎月一枠、「不朽の名作」というやつをひとつ取り上げて語っていきたいということで。
 この映画は「蟹江敬三の地獄巡りもの」という気もするんです。そして、その地獄に案内していくのがヒロインの名美(水原ゆう紀)。そして、この男女関係を徹底的に堕としていくわけですよね。これが凄く良かったりする。宮地さんはいかがでしたか?

宮地:僕はこの作品は初めて見たんですが、高校生の頃に、石井隆監督が『死んでもいい』を作った時、石井監督が凄いらしいということで大分掘り下げて、彼の漫画も読みました。『ラブホテル』(脚本:石井隆)も凄く良かったし、竹中直人さんが出ている『天使のはらわた 赤い眩暈』も好きでしたね。でも、この『~赤い教室』だけ見ていなくて。凄く面白かったです。ずっと名作の気配しかしないですよね。

放談風景1

 初めの2、3カットで古典の味わいがするくらいの傑作ぶりというか。画の引き方とか、街の捉え方とか、「街と男と女」というコンセプトの作り方なんかに名作の風格がずっとあって。あと好きだったのは、「赤い」というタイトルが付いているだけあって赤のカラーコーディネートが素晴らしいなと。一発決めたいときは女に赤いドレスを着せるとか、画面の中で赤い色の服を着ている人が絶えずイニシアチブを持つような画面構成だったりとか。ラストで名美は赤シャツの虜になっているじゃないですか。ああいうものの配置とかも凄く上手くて。

春日:そうか、色合いは確かにそうでしたね。

宮地:でも、自立していく女性とか男女同権とか、そういうことを考えていたときにこの映画は偏屈じゃないですか。堕ちていく女とか。差別的なニュアンスさえするような内容なんだけど、この妙な魅力。何ですかこれ。あんまり良いことじゃないのに、そこに凄く女の”業”が出る。

春日:何でしょうね。優しくすることって、必ずしも正しくないというのかな。(名美は)心を閉ざして生きてきた女なわけですよね。その女が、初めて「この男なら信じてもいいかもしれない」って思っちゃったんですよね。男も多分そのつもりでいたんだけど、約束の場所に行けなかった。そこで「ブルータス、お前もか」みたいな感じで、完全に心を殺して悪魔になっていった女がいて、男はそこに引きずり込まれていく。あるいは自分から飛び込んでいく。「惚れた」という表現の一つなんですよね。

宮地:絶対に幸せにならないじゃないですか。

春日:幸せになりようが無いんです。この二人の成就ってありえない話。ありえないのに惚れてしまった。そして逆に女の方はサディストになるわけですよね。でもそれって男を直接的に虐めるわけではなくて、「あなたが好きな私」が堕ちていくのを見せることによって、「嫌でしょう?」ということ。だから、相手を痛めつつも自分を痛めつけているということもある。だから誰も幸せになりようがない。ここまで好きになっても一度ボタンをかけ違えてしまったら、かけ違えたまま走り続けるしかないという。

宮地:現実世界で名美のような人がいたら、男をダメにする女ですよね。“ファム・ファタール”って格好良い感じがありますけど、そうとうどうしようもないビッチじゃないですか。でも映画になると何でこんなにも魅力的になるんでしょうね~。

タツオ:僕はこの映画が凄く嫌い。多分もう二度と見ない。もう冒頭からいたたまれなくて、見ていられない。女の人がレイプされるのなんて本当に見ていられないし。「ごめん、男がこんな生き物でごめん」って思っちゃうの。もう生きていけない。あの不条理に社会悪みたいなものを感じて、もうひたすら男に対する怒り。
 心を凍らせてしまったヒロインが、「いつでも抱けばいいじゃない」みたいなことを言っているんですけど、主人公はハートが欲しいわけですよ。で、何かハートを掴みかけるんだけど手からこぼれ落ちていくという。「掴みかける」ところが、名美が精神性の充実を欲している、ということの象徴なので、最初から身体だけの女ならまだ我慢できるんですけど、精神のつながりを欲しているところが見えちゃったから、もう悲しくて悲しくて。
 だから僕、最後にはもう二度と見ないと思うくらい盛大に傷付きましたよ。めちゃくちゃ感情移入してるんですよ、蟹江敬三に。だから、それくらい名美という女性が魅力的でセクシーだったんだと思うんですよ。どんなビッチでも、唯一ハートだけは俺が貰うと思えていたところですらこぼれ落ちていくという、悲劇じゃないですか。
 それでちょっと、自分が女になってみたりということも妄想するんです。そうすると名美のことも凄く分かるんですよ。駄目だったらすぐ他の男で気を紛らわせるとかいうのは、「人間皆そんなに強くないもんね」と思っちゃうし、名美も「あなたのせいで私はこうなってるのよ」という“見せつけ願望”みたいなものもあるし。
 教育実習に行って、これから良い先生になりそうだった未来を、全てあのレイプの一件から失ってしまったというあの人の人生を考えると、もうこの映画は見ていられないんですよ。それくらい感情移入させることが傑作の証拠ですよね。もう悲しくて。僕はレイプものは駄目なんですよね。

春日:作品によってはレイプを肯定的に扱うようなポルノ映画もありますからね。でもこの映画はレイプをちゃんと否定的に扱っている。レイプによって悲劇に陥ってしまった女性がどんどん堕ちていくということは、やはり肯定的には扱っていない。

タツオ:ただね、名美はその後も「ブルーフィルムを見たよ」という男に体を要求されることがあっても、多分濡れてるんですよ。
 あの日、蟹江敬三が来なかった日、行きずりの男に抱かれるじゃないですか。やっぱりめちゃくちゃ濡れてるわけですよ。だから結局傷付く度に、ダメ女の、“セックスマシーンとしての名美”というのが研ぎ澄まされていく感じというのを見るにつけ、彼女のお父さんのような気持ちになっちゃって、もう駄目。何なんですかね、萌えキャラとして見ちゃう癖がついてるんですかね。

春日:そういう意味では、人間って普通に社会生活を送っていると、どこかで自分の心のセーフティーネット、肉体のセーフティーネットが働いて、これ以上行っちゃいけない、堕ちちゃいけないというのがあるけど、映画ってどちらかというと人生のIfを経験する作業でもあるというというふうに考えると、ひょっとしたらその女性のセーフティーネットが崩されてしまった人生なんですよね、名美の場合は。そこまで堕ちてしまうということを映画を見ながら追体験していくというか、堕ちていくことを経験できるというか。「あ、堕ちるってこういうことか」という。

タツオ:そういうことですよね。

放談風景2

春日:しかもその堕ち方というのが、どちらかというと蟹江敬三という優しい存在があるから、世界観はそこまで冷徹に堕としていくというよりは、ふわーっと堕ちていくような。ズドンと堕ちていくといかないので、女性が見ていても面白い映画ではあるんですよね。

タツオ:確かに、面白い追体験かもしれないですね。

春日:例えば薬物中毒になってボロボロになっていく人間を見たりとか、暴力に走ってどうにもならなくなっていくような――男からすると深作欣二の映画を見るような感覚に近いのかもしれない。

タツオ:どこかで願望というのもあるのかもしれないですよね。

春日:堕ちて制御がきかなくなるという状態を知ってみたいというか。変な言い方ですけど死への願望というか、自殺したらどうなるんだろうとか、ふと思うことと同じで、日常の中にでも「ここで家出したらどうなるんだろう」「仕事場に行かなかったらどうだろう」とかふと思ったり、あるいは行っちゃいけない男女関係とか、「この人を信じてみたらどうなるのだろう」とか。

タツオ:バリバリ感情移入しちゃったもんな~。

春日:そういう意味では名美の内面は描いていないわけなんですよね。そこがあるから、いろんな人たちがいろんな想像を働かせながら、名美の人生というものを考えることが出来る。

《トーク完全版の音源をアップ!》

※この後は、本作の描く女性の自立について掘り下げていきます。続きはYouTubeで公開中の完全版音源でどうぞ。

次回は9/18(金)UP、テーマは『昭和残侠伝 血染めの唐獅子』です。お楽しみに!

【プロフィール&近況】

talks-speaker-kasuga

春日太一

■プロフィール

1977年東京都生まれ。映画史、時代劇研究家。関係者40名超のインタビューを収めた豪華決定版「文藝別冊 五社英雄-極彩色のエンターテイナー(河出書房新社)」ほか著書多数。最新刊「役者は一日にしてならず(小学館)」、「時代劇は死なず!完全版:京都太秦の「職人」たち(河出文庫)」が好評発売中。

近況

38歳になりました。

talks-speaker-kasuga

サンキュータツオ

■プロフィール

1976年東京都生まれ。漫才コンビ「米粒写経」のツッコミ担当。博識を生かした落語関係、学術論文の執筆などのほか、一橋大学の非常勤講師を務める。イラストやアニメ、映画への造詣も深く、幅広く活躍。定期落語会「渋谷らくご」に出演中。研究者たちの大まじめな珍論文を、芸人の嗅覚で突っ込みながら解説する著書「ヘンな論文」(角川学芸出版)が好評発売中。

近況

今年のツール・ド・フランスはクリス・フルームの圧勝でしたが、ブエルタ・ア・エスパーニャはどうなるか!?自転車レースも好きなんです。

talks-speaker-kasuga

宮地 昌幸

■プロフィール

1976年神奈川県生まれ。アニメーション監督・演出家。宮崎駿監督の主催した「東小金井村塾」で演出を学び、『千と千尋の神隠し』の監督助手に抜擢される。その後、富野由悠季監督作品に携わる。近年の監督作に「亡念のザムド」、『伏 鉄砲娘の捕物帳』など。

近況

石井隆監督の『GONIN』シリーズも大好きだった。ディアオ・イーナン監督『薄氷の殺人』、熊切和嘉監督『私の男』(桜庭一樹・原作)に石井隆テイストを感じました。