映画史・時代劇研究家の春日太一。落語やアニメに造詣が深く大学講師も務める学者芸人・サンキュータツオ。宮崎駿作品の監督助手から数々の作品を手掛ける気鋭のアニメーション監督・宮地昌幸。プライベートでも親交の深い3人が、大好きな映画を語り尽くす! 3人のディープでマニアックな偏愛っぷりをどうぞご覧あれ!

今回のテーマ

『昭和残侠伝 血染の唐獅子』

『昭和残侠伝 血染の唐獅子』

『昭和残侠伝 血染の唐獅子』

高倉健の男気溢れる主人公像が人気を得た、「昭和残侠伝」シリーズ第4作。マキノ雅弘がシリーズ初登板し、主演二人の男同士の絆を軸に、仲間を裏切る男の純愛や命懸けの女の片想いなど、周囲の逸話も印象的な佳篇となった。昭和初期、除隊した秀次郎(高倉)率いる鳶政一家は、東京博覧会の会場建設工事に明け暮れるが、利権を狙う博徒・阿久津一家の度重なる卑劣な妨害に、代貸しを務める重吉(池部)も盃を返して親友の秀次郎の許に駆けつける。

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春日:『昭和残侠伝 血染めの唐獅子』ですが、何とこれは春日ではなく、宮地さんセレクションです。

放談風景1

宮地:これはもう、春日さんにいろいろとお話を伺おうと思って。それと実は僕、この辺(のジャンル)が苦手というか、全然見ていないんです。

春日:東映任侠映画というのは、当時の日本映画全体で見ても珍しい。時代遅れの人間って、後のホームドラマからすると「悪」ですよね。いい役が時代を新しくしていこうという。「改革者の方が善い者」というのが戦後の考え方なんだけど、それと逆行しているというところが面白い。これは特に地方や下町で受けた映画なんです。都市の開発や世の中の動きがどんどん変わっていく、高度経済成長やオリンピックを経て万博になっていくという時代に付いていけなくなった人たち。どんどん変わっていく時代というものに対して「嫌だな、付いていけないな」と思っている人たちの感覚を拾っていったんですよね。開発されないで、自分たちがいたコミュニティーとか、そういうものを大事にしていこうと言いたい人たち、でも言えない人たち、街が開発されていくことに反抗出来ない人たちの気持ちというものを拾っていって成功したというのが、この一連の映画だったという言い方が出来ると思うんですよ。その中でもこの映画は凄く出ていますよね。そういう感じが。

タツオ:最高ですよね。

宮地:今って、(この手の映画って)受け継がれて無いですよね。

春日:無いですね。ただ今ではVシネマだったり、先月の竹内力になるわけです。メジャーではないんです。今ではそこのコミュニティーが完全に崩れ去った段階の時代だから、もうそれは諦めている。でもこの時期は目の前で崩れていっている真っ最中の時代だから。

宮地:そのリアリティーは入っていますよね。

春日:あとは抗いたい気持ちも内心にあったのだろうと思うし、そこで代わりに抗ってくれる高倉健というものに対して拍手を送りたかった。一方の鶴田浩二というのはもっと露骨に「時代に置いていかれた俺」というのが存在しているわけですけど、これは次回の「シャツの店」で話すことになると思いますが、それが行きつく先が最後はシャツの店の縁側しかなくなっていく。そして高倉健はここから時代と上手く合致していくというか、超大作の時代になってきたところに「健さん」という自らのキャラを作り上げていって、山田洋次の『幸福の黄色いハンカチ』であったり、森谷司郎の『動乱』であったり、どこに行っても「健さん」であり続けるというふうになっていく。その「健さん」って何かというと、ここにいる“下町の代表の健さん”から下町性を除いて、殴り込んでいく格好良い健さんだけを抽出した存在になるということで、彼も東映というコミュニティーを捨てていろんな映画会社でスターになっていくわけですけど、国民的スターになるということは下町性って邪魔なわけですよね。下町のヒーローだったこの東映時代の「高倉健」というものと、国民的ヒーローになる「健さん」の違いというのはこの下町性の違いというか、つまり後の健さんの横にも田中邦衛や小林念侍がいたりしますけど、何となくここでやっているような、同じフィールドの距離感というんですかね。映画の中でもどこかでワンランク上で弟分たちと接するようになっていく。この映画だとワンランク上の感じって無いじゃないですか。皆と同じところにいる高倉健というね。そういうのもあるわけです。
 つまり当時もある種、復古的だったんですよ。昔はもうちょっと生の感覚で復古感があっただけの違いで、昭和初期の話ですから当時もどこか懐かしい風景なんです。失われた東京、失われた日本の風景というものを描いていくということには変わりなかったんです。

タツオ:立川談志師匠が晩年に「常識が通じなくなって落語がやりにくい」と仰っていたことの葛藤なんかは全部ここに詰まっていることで、例えば「言わなくてもわかるであろう」という人間の情みたいなものというのが、お金とか近代化の前に滅びていく姿。だから落語とか浪曲、講談というのは、近代によってある意味排斥されていっている中での叫びなんですよね。
 『~血染めの唐獅子』もそうなんですけど、これを見て懐かしいと思うのは古典の敗北なんですよ、やはり。

春日:ああそうか、懐かしいと思っちゃいけないわけだ。

放談風景2

タツオ:僕はいまだにこれを最高と言い続けないといけないなと自分の中で思っちゃったりする部分もあるんですよ。「これを忘れちゃいかんだろう」というね。別に最初から全ての近代化を拒んだわけじゃなく、特にこの作品に関しては、同意を得てちゃんとした手続きをもって入札に成功し、その中で皆で利益を分配していこうという、近代化の波にも乗ったにも関わらず、やはり金権政治の前に敗れ去っていくという。

欲深い男たちによって、“向こう三軒両隣”的な発想というのが駆逐されていくという、その叫び声に聞こえるんですよね。でも一方でその彼らを支えている、また吉原の感じも凄くリアルなんですけど、鳶の人たちの行きつけのお店の女の子たちとやり手ババアの情報網があって、お役人の接待のためにそういうお店に行くから、「こんなこと言ってたけど大丈夫なの?」みたいな横のネットワークがある。SNSです。吉原SNSみたいな感じの情報の流れ方なんかも凄くリアルだなと思って、何かグッときちゃうんですよね、こういう映画。

春日:この映画、情報のやり取りをしながらも、絶えずどうでもいいことをやっていますよね。凄くどうでもいい日常があって、そのどうでもいい日常をちゃんと描いていくことで、下町の雰囲気とかあるいは彼らの関係性の尊さというのが出てくるという。落語でもあるわけですよね。本当は話を前に進めていかなければならないんだけど、どうでもいいやり取りをずっと続けたりして。でもこのどうでもいいやり取りがまた、世界を作っていく、伝えるという上ではもの凄く大事だったりするということもある。

タツオ:この映画の件でいうと、600円を集めるときに皆が、まず(音吉が)女を助けるために纏(まとい)を質に出して600円を作るということに関して、彼のことを誰も責めないじゃないですか。あれって誰か一人でも責める奴がいてもおかしくないし、自分だけで責任を負えと言ってもおかしくないんだけど、そこは映画で全く出てないじゃないですか。それが多分、「言わなくても分かるでしょ?」のところなんだと思うんです。今だったらやはり怒られる。

春日:そうですね。「自己責任だ!」みたいな。

タツオ:それを皆で助けるにしても一人ひとりにいろんなドラマがあるわけじゃないですか。大切なものを売ったりだとか何とかということもあるんですが、それをお互いに「俺はここまでしたのに」といことも言わない感じというのが、「ああ、日本人ってこういう感じだったんだろうな」と。

春日:爽やかさってありますよね。良い意味での軽さ。それが昔で言うところの「粋」ということだったんでしょうね。

タツオ:そのあたりは「文七元結」的なテーマが流れているような感じもして、良いな~って。ただ別にこの時代に戻ろうとか、そういうことを言うんじゃなくて、この映画を見て「良いな~」って思うということが大事なんですよね。

春日:その感性ですよね。それがあるだけで人生の過ごし方が変わってくるというか。

タツオ:それに尽きますよね。

宮地:思ってはいるんですけど、「単純だな~」と思っちゃう自分もいて、落語の文七元結とかの面白さも、「なんでそこで金をくれてやるの?」という異常さに面白さを感じているところもあったりもしていて、難しいですね。

タツオ:基本は性善説なんですよ。だから鳶政の中から裏切り者が出たりとかしたら、絶対もっと面白いんです。『アウトレイジ』だったらそうします。

宮地:そうそう、だから近代的なニュアンスだと『アウトレイジ』の冷たい感じになっちゃうんですよね。

春日:だからそれをひっくり返したのが『仁義なき戦い』になるわけですよ。

タツオ:確かに。

春日:鳶政の人たちがそれぞれの欲を持つようになって、お互いに殺し合うようになっていくという話がまさに『仁義なき戦い』なので。

宮地:そうか、兄弟喧嘩になっていくんですね。

春日:何も言わなくても分かった人たちが、何を言っても分からない人たちになっていくというのが『仁義なき戦い』なんです。

タツオ:なるほど、確かにほんとそう。仰る通り!

春日:笠原和夫や深作欣二あたりは、それを意図的にひっくり返して作品を作っている。彼らからすると、この世界は段々窮屈になってくるんですよ、同じことばかりやらされて。それをひっくり返したいということで『仁義なき戦い』になっていくんですけど・・・

宮地:それが北野武監督だと、全部がマスゲームになっていくような冷たさ、みたいな感じになってくる。

春日:『仁義なき戦い』からさらに情を削っていくという作業になっていく。このときは「粋」という言葉で解決できたことなんですよね。

タツオ:あとは様式美ですよね、これはこれでひとつの良いお話。

宮地:僕はそんな(情の無い)ギャングスター感が嫌なのかも。でもこれは良いギャングスター感じゃないですか。

春日:任侠ですからね。

タツオ:そこはやはり健さんの品ですよ。

春日:そしてまたマキノ雅弘の品でもある。

宮地:なるほど。撮り方とかは凄く良いですよね。

春日:男は格好良く、女は美しくというのが当時の東映の任侠映画の考え方の根本にあったので、それを含めた映画自体も、失われつつあった美学というものを取り戻そうという。

宮地:全てが一致しているんですね。

春日:失われた美学を取り戻そうという作品だから、今見るとある種の快感ととともに蘇ってくるものが好きなんですよ、僕は。

《トーク完全版の音源をアップ!》

※他にも前半では東映任侠映画の映画史的な背景や高倉健・藤純子の魅力も語りました。詳しくはYouTubeで公開中の完全版音源でどうぞ。

次回は9/25(金)UP、テーマは『シャツの店(前編)』です。お楽しみに!

【プロフィール&近況】

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春日太一

■プロフィール

1977年東京都生まれ。映画史、時代劇研究家。関係者40名超のインタビューを収めた豪華決定版「文藝別冊 五社英雄-極彩色のエンターテイナー(河出書房新社)」ほか著書多数。最新刊「役者は一日にしてならず(小学館)」、「時代劇は死なず!完全版:京都太秦の「職人」たち(河出文庫)」が好評発売中。

近況

今年3冊目の本の執筆にかかっています。

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サンキュータツオ

■プロフィール

1976年東京都生まれ。漫才コンビ「米粒写経」のツッコミ担当。博識を生かした落語関係、学術論文の執筆などのほか、一橋大学の非常勤講師を務める。イラストやアニメ、映画への造詣も深く、幅広く活躍。定期落語会「渋谷らくご」に出演中。研究者たちの大まじめな珍論文を、芸人の嗅覚で突っ込みながら解説する著書「ヘンな論文」(角川学芸出版)が好評発売中。

近況

岩波文庫を若い人におススメする仕事をしましたが、エイモス・チュツオーラの「やし酒のみ」をイチオシしました。

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宮地 昌幸

■プロフィール

1976年神奈川県生まれ。アニメーション監督・演出家。宮崎駿監督の主催した「東小金井村塾」で演出を学び、『千と千尋の神隠し』の監督助手に抜擢される。その後、富野由悠季監督作品に携わる。近年の監督作に「亡念のザムド」、『伏 鉄砲娘の捕物帳』など。

近況

『緋牡丹博徒』シリーズの藤純子さん好きだなあ。