映画史・時代劇研究家の春日太一。落語やアニメに造詣が深く大学講師も務める学者芸人・サンキュータツオ。宮崎駿作品の監督助手から数々の作品を手掛ける気鋭のアニメーション監督・宮地昌幸。プライベートでも親交の深い3人が、大好きな映画を語り尽くす! 3人のディープでマニアックな偏愛っぷりをどうぞご覧あれ!

今回のテーマ

『シャツの店(後半)』

『シャツの店』

頑固一徹なシャツ職人とその妻、息子が繰り広げる家族間の葛藤を、東京・下町を舞台に描く。鶴田浩二が昔気質な主人公を絶妙な演技で魅せる。東京で指折りの腕を持つシャツ職人・周吉(鶴田)。ある日25年も連れ添った妻・由子(八千草薫)が、大学生の息子(佐藤浩市)と共に突然出て行ってしまう。仕事中心、厳格な家長として通してきた周吉は戸惑い、これまでの自分の生き方を見つめ直す。

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春日:「シャツの店」後半でございますね。前回1、2話を見て今回3~6話、最終回までですね。まぁ面白かった。

タツオ:最高ですね!

春日:どこから話せばいいかなと思うんですけど。

放談風景1

タツオ:僕、好きすぎてシナリオ集を古本で買っちゃいましたもん!大和書房から出ていた。これって役者のアドリブなのか、どこまで芝居なのかを確認したくて、シナリオ読みたいなと思っていろいろ分かりました。凄く面白かったです。

春日:まず、そのあたりの発見の話から伺いたいですね。

タツオ:僕がどうしても確認したかったのは、井川比佐志が八千草薫の部屋に行って告白するシーンで、その前から割と玄関先で身を固くしている八千草さんがいて、不安な感じが出ていたんですよね。何かビクビクしているなみたいな。それで告白されてから、徐々に肩の力が抜けてって熱い思いに(ほだ)されていくみたいな心のプロセスを、目線とか表情で表現していて凄いなと思って。で、これがどこまで台本で、どこからが役者の力なのか、それをどうしても確認したかったんですよ。そしたら、台本でかなり細かく指示されているんですよ。

春日:例えばどんな感じで?

タツオ:例えば、告白前ですね。

宇本「サンプルを見せてもらえますか」

由子「はい」(仕方がないかと思い)「じゃあ、あの…」(座布団をとって宇本の傍らに置き)「どうぞお掛け下さい。ただいま」(とサンプル帳を取りに行く)

で、サンプル帳をどこに置くまで細かく指示して、

宇本「気味悪いですね」

由子「はっ?」(そんなという気持ちを込め)

宇本「奥さんに恋しているんです」

由子「そんな」(と冗談にしてしまおうとする)

タツオ:って言書いてあるんです。

春日:凄い、演技やニュアンスが全部書いているんですね。

タツオ:ただその、冗談にしてしまおうとする芝居を八千草さんがどうしてるのかというのをもう一回確認すると、超上手いって感動しましたね。

春日:ちゃんとニュアンスを演じ切れているわけですね。

宮地:(台本に)演出が入っているってことですもんね。

タツオ:かなり演出入っていますね。だから場合によっては気持ちをちゃんと書き込むときもあるし、最後で鶴田さんと八千草さんの2人が愛を語らうシーンとかも目線(の指示)が細かくて

周吉「お前を好きだ」(とさっさと言う)

由子「こっち向いて。こっち向いて言って、書いたわ」

周吉(仕方なく由子を見る)

由子(目に涙が溢れている)

周吉(ドキリとする)

由子(目を伏せてしまう、泣いてしまう)

というのが、全部括弧でしか書いていない。

春日:かなりコンテ的ですね。

タツオ:これがほんとに凄いなと思ってね。これ(シナリオ)は読み応えがありましたね。確認したくなっちゃうほど。

春日:宮地さんは演出家の立場からすると、そこまで指定されると演出家が嫌だったりしませんか。

宮地:だと思いますね。それだと難しいですよね。演出家と脚本家が気持ちよくバトルしている時期の作品なのかなと思ったりしますね。でも先ほどタツオさんが仰った玄関のくだりで、僕が上手だなと思ったのは、八千草さんが一言も「家に上げたくない」と言わないで、あげないようにバリアを張っているっていうのはちゃんと演出として出ているから、そこは凄いなと思います。井川さんその後に、電話勝手に取るために上がっちゃうじゃないですか。あそこで新居を犯しているんだけど、その前には入っちゃダメって座布団を敷いてココまでよってやって、あんな小さい部屋なのに守っている。

タツオ:だから電話取るひとつだけで、ものすごく大きな一線を越えたなと誰しもが思う。

宮地:目に見えない線みたいなものをちゃんと演出していたりするんだなと思って、面白いですね。

春日:そこは深町幸男さんの演出が、空間の伝え方が上手いというのもあるでしょうね。それからこのドラマ、短い一言で「良い台詞」っていうのが、めちゃくちゃ多かったですよね。

タツオ:(Twitterの)bot欲しい、「シャツの店」の!

春日:俺が好きなのは「俺を評価したけりゃシャツを見て言え」っていう

タツオ:あった!で「シャツが語ってるんだよ」っていうのがありましたよね。

春日:そしたらいい気になって、平田満に「褒めるなら気持ち良く褒めろ」ってね。まぁ、格好良い台詞ですよ。あと、「よくぞ迷った。よくぞパチンコ屋で迷った。俺は自分にそう言ってやりたいね」って。

タツオ:名言ですよ。

宮地:ああ、喫茶店で奥さんと出会うところね。

春日:何が「よくぞ迷った」だよ(笑)

宮地:自画自賛(笑)

春日:しかも「迷った」というしょうもない行為で、奥さんに会えないからパチンコ屋に逃げてるのに。

タツオ:最後も良いんですよ。

昭夫「だってこれから月1回っていうのは大変ですよ」

周吉「面白がるな」

昭夫「女の時代ですね」

周吉「ふんっ。何を言ってやがる」

春日:あそこのセリフ、平田満がほんとにウキウキした感じで言ってて、鶴田さんもちょっとニヤニヤしてるんですよね。「時代に負けるまい」と抗っていた男が負けるわけですけれども、負けることって意外と楽しいのかもしれないなみたいな。

タツオ:やり合った達成感もあるんでしょうね。

宮地:僕は鶴田さんを愛でるだけでなくて、やっぱり、八千草さん側っていうのも捨てがたいんですよね。3話を見たときに、佐藤浩市、八千草さんラインがあるじゃないですか。自分を見るような瞬間があったんですよ。

春日:おお~。

宮地:八千草さんと佐藤さんが小さいアパートに住んでるじゃないですか。それで、

秀一(佐藤)「母さん、旅行にだって行ってきたっていいんだぜ。金あるんだから贅沢しろよ」

由子(八千草)「私はここでお父さんから外れた生活をしているだけで充分楽しいんだ」

秀一(佐藤)「何でこんな家にいるんだ、働いて。働かなくていいのに、何で働いてるの。好きにお金使いなよ。貯蓄あるんでしょ」

って言っても、お父さんの所にいた抑圧から出ようとしないというか。

タツオ:あぁ、なるほど。

宮地:それで、「もっと贅沢しろよ」って佐藤さんが八千草さんにイライラしだすのが、自分を見ているような感じでしたね。逆のこと言うと、美保さんみたいなお母さんとはまったく逆の、自立と自由が香ってくる女性みたいなものに惹かれていくとか。あのバランス感覚みたいなものとかも凄く生々しかった。

春日:母親との対比も含めた造形がされていましたよね。

宮地:鶴田さんも含めてみんなが少しずつ、傷ついてバージョンアップ(成長)して自分を軟着陸させて、そういうときに意外とキャラクターを増やさずに同じ人の視点を変えてるんですよね。自分もよくやるんですけど、下手な場合とかって、手詰まりになってネタが浮かばないからどんどん新キャラ出しちゃう。良くないパターンじゃないですか。

放談風景2

春日:それで最小限の人物と最小限の人間で、シンプルな物語を作って、それをやった結果、横に広げないで縦に人間1人1人をぐっと掘り下げた構成にしたっていう、これが今のドラマが忘れている作り方で、物語の外側を楽しくしよう、楽しくつくろうっていう風にありますけど、そうじゃなくて1人1人の個人をちゃんと堀り下げていけば、物語って結果的にできるんだよっていうのを教えてくれている気がしますよね。

宮地:八千草さんが働いていた飲み屋あるじゃないですか。あの飲み屋さんに鶴田さんが行くっていう時点で決闘感が出てるんですよね。こっちが行くのかそっちが来るのか、それだけでも凄く面白くなるんですよ。

春日:飲み屋に入ろうとしたら、二人組が目の前にいてぶつかっちゃって入れなくなって、いったん決意したんだけど結局戻るっていうね。ここ結構リアルですよね。

宮地:「今日行かないわ」って言っていたのに最終的には自分から行くっていうのがね。向き合うって決心する心の動きがそのまま出ているから、そこは本当に見事だなと思って。

春日:だからほんとに大した話じゃないじゃないですか。飲み屋に入るかどうかっていう。でもそこの心情をちゃんと描けば、ひとつの大きなサスペンスになり得るっていう。実はサスペンス作るのって、大げさな空間とか大げさな状況を作る必要はなくって。一人の人間が料理屋に入るか悩むだけで成り立ってしまうっていう、それだけ人間というものをちゃんと掘り下げて、我々に感情移入させてくれているんですよね。だからサスペンスになるっていう。

タツオ:さっきの井川さんが電話とるシーンもそうですけど、ドラマをこんなに丁寧に描くと共感できるんだなって思いますね。

春日:鶴田が居酒屋に行くシーンでも外でモジモジしてる時の乙女みたいな、先輩にラブレターを渡そうとしてモジモジしてる女の子みたいな感じで。

タツオ:杉浦直樹さんと一緒にいるっていうのが、ほんとにラブレターを渡せない女の子みたいな。

春日:友達が「ほらっ、渡しなさいよあなた」っていう。

宮地:男たちが乙女になって。

タツオ:「ビール頼んじゃったから行こうよ~」みたいな感じのノリ。

春日:でも、普通の乙女じゃないのは、ガラッと飲み屋の扉をガラッと開けてバシッと閉める時の、あの音って分かりました?閉めた瞬間に鶴田が音だけで場を圧するんですよね。その瞬間、鶴田のスイッチが入ってるんですよ。

宮地:任侠のスイッチが。

春日:敵のところに乗り込んできたかって思うような、ガラっ、バシッって音の迫力。それから「お酒1本だけで」って言ってたのに、「そんなことは分からない」と変わり、「俺はここに居る。居続ける」って。あそこに至るまでの流れの格好良さ。このドラマの巧妙というか上手いというか見事だったのは、鶴田浩二のキャラクターがずっと昔はこうだったとか、「お前は女か」「女の味方するな」とか、すごく時代錯誤的な古い男じゃないですか。一つ間違うとこういう人って、現代の視聴者の立場からすると、古臭い嫌な男になるけど、それが可愛げをもって映っているっていうのが、この作品の最大の上手いところですよね。

タツオ:もう“つるたん”なんですよね。萌えキャラなんですよね。

宮地:何だよそれ(笑)

《トーク完全版の音源をアップ!》

※この他にも美保純の魅力を語ったり平田満の演じる昭夫の将来を親戚のように心配したりしています。その模様はYouTubeで公開している完全版音源でどうぞ。

次回は10/9(金)UP、テーマは『白い巨塔』です。お楽しみに!

【プロフィール&近況】

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春日太一

■プロフィール

1977年東京都生まれ。映画史、時代劇研究家。関係者40名超のインタビューを収めた豪華決定版「文藝別冊 五社英雄-極彩色のエンターテイナー(河出書房新社)」ほか著書多数。最新刊「役者は一日にしてならず(小学館)」、「時代劇は死なず!完全版:京都太秦の「職人」たち(河出文庫)」が好評発売中。

近況

涼しくなってホッとしました。

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サンキュータツオ

■プロフィール

1976年東京都生まれ。漫才コンビ「米粒写経」のツッコミ担当。博識を生かした落語関係、学術論文の執筆などのほか、一橋大学の非常勤講師を務める。イラストやアニメ、映画への造詣も深く、幅広く活躍。定期落語会「渋谷らくご」に出演中。研究者たちの大まじめな珍論文を、芸人の嗅覚で突っ込みながら解説する著書「ヘンな論文」(角川学芸出版)が好評発売中。

近況

秋刀魚が美味しい季節になりました。映画『秋刀魚の味』もいいけど、落語「目黒のさんま」もイイヨ!

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宮地 昌幸

■プロフィール

1976年神奈川県生まれ。アニメーション監督・演出家。宮崎駿監督の主催した「東小金井村塾」で演出を学び、『千と千尋の神隠し』の監督助手に抜擢される。その後、富野由悠季監督作品に携わる。近年の監督作に「亡念のザムド」、『伏 鉄砲娘の捕物帳』など。

近況

山田太一さんが80歳を超えているなんて驚きです。希望です。