東京国際映画祭の作品選定ディレクター・矢田部吉彦さん、PFFぴあフィルムフェスティバルのディレクター・荒木啓子さん、TAMA CINEMA FORUMのコーディネーター・渡辺和則さん。それぞれ個性あふれる映画祭を牽引する3人が、日映シネマガだけに語った映画祭の知られざるエピソードをお届けする「映画祭放談~映画祭の深イイ話~」。第2回は、伏せ字でギリギリ話せる(?)映画祭に関する“ぶっちゃけトーク”を繰り広げていただきました。

第2回

「映画祭もつらいよ~“それを言っちゃあお仕舞いよ”をギリギリまで言っちゃおう~」

放談風景1

--ここからは映画祭の運営上の苦労話を伺いたいと思います。まず矢田部さん、東京国際映画祭は国を代表するイベントゆえに、裏ではいろいろな難しさがあるのでは……?

矢田部:ええ、何時間でもお話しできます(笑)。東京国際映画祭の役割として、やはり日本における映画文化を盛り上げたいという思いがあります。そのためには商業映画をしっかりと盛り上げる必要があるけど、僕自身は独立系やアート系の映画もどんどん紹介したい。理想論かもしれませんが、商業映画の観客にも未知のアート系作品を発見してほしいという思いがある。このふたつのカテゴリーが交流することによって映画界全体のパイが広がればいいな、と考えています。

--なるほど。上映作品のバランスに心を砕いているわけですね。

矢田部:そうです。しかし商業映画を多めに選ぶと「個性がない」と批判され、アート系作品を重視すると「地味だ」と言われ、双方のバランスをとると「中途半端」とお叱りを受ける(笑)。じゃあ、どうしようというのがここ数年の悩みですね。それと国際映画祭はワールドプレミア(世界初上映)作品が多いほどステータスが高いとされるんですけど、他との競争で確保が難しくなっているし、ワールドプレミアだからという理由で観客にとってつまらない作品をやるのはどうかという思いもある。とても難しい問題です。

--次に荒木さん、PFFの運営方針と昨今の映画祭を取り巻く問題をお聞かせください。

荒木:PFFは始まったときから今も変わらず「映画の新しい才能の発見と育成」をテーマに活動していまして、コンペ部門はずっと自主映画を対象にしています。“これからの人”を紹介する方針で一貫していて、そこはまったく揺るがないし、映画祭間の競争も意識していないんですけど、東京国際映画祭の場合は映連A級映画祭というルールもあり本当に競争が激しくて大変だと思いますね。そもそも日本では他国と比にならないほど多くの配給会社が映画を買い付け、特集上映も年中やっているわけです。更に近年単館では、一日に数本の映画をロードショー公開している。これは他の国ではありえない贅沢な状況で、「それなのに、どうして映画祭をやるの?」というのが日本特有の最大の悩みではないかと。

--本来、映画祭では“他では観られない作品”に人が集まってくる。なのに日本では、たいていの映画を普通に劇場で観られてしまうと。

放談風景2

荒木:例えば現在、アジア最大規模を誇る釜山国際映画祭では、海外の映画祭受賞作品を網羅しています。それは韓国で公開されないからです。日本では驚くほど劇場で観ることができる。映画祭は、もともと、映画を「商品」としてではなく、「作家の創作物」として大切に扱っていこうという場所ですが、日本は、配給会社や単館の映画館の経営者の方々に、映画祭と同じスピリットで映画を扱っている方が沢山おられる。そこが大きな特徴だと、PFFを全国で展開していることから知り合った各地の劇場の方々のお仕事に触れるにつけ、ますます感じています。世界に類がないと思います。

矢田部:あとプログラマーの悩みとしては、作品が多すぎて探せないというのがあります。今や日本を含む世界中で膨大な数の映画が作られていて、ひと昔前の10倍くらいになっている。それが何千本とあるから、とても全部は観られない状況なんです。

荒木:かつては映画製作本数が年間ゼロの国がいくつもありましたけど、今は全世界で自主映画が作られているんですよね。PFFはもともとそうですけど、いずれ近いうちに世界中の映画祭が自主映画のイベントになっていくのではないかとすら感じます。

――渡辺さんはどうですか? TAMA CINEMA FORUMが市民映画祭であるゆえの難しさを聞かせてください。

渡辺:うちの場合、一般市民から実行委員を募っているんですけど、長く続かないのが悩みですね。映画祭って表向きは華やかだけど、実際にやるのはチラシ配りとかの地味な労働や事務作業なんですよ。その見かけと現実のギャップのせいか、特に映画に詳しい人ほど労働を嫌う傾向がある。

一同:ええーっ(笑)。

渡辺:それと予算がないことが大問題。文化庁から支援金をいただいてますけど毎年減っているので、ひと口1000円の支援会員を募ったり、いろいろ工夫してお金を集めています。ボランティアである実行委員の人たちにまで、お金集めを手伝ってもらったり……。役所との交渉はものすごく大変ですし、どうして映画なんかに税金を使うんだという市民の声もある。純粋に映画のことを考える以前に、このような下地の部分をどう作るかが一番の苦労ですね。

――荒木さん、長らくPFFに携わってきて“つらかった”裏話を教えてください。

荒木:私がディレクターになったとき、PFF15周年ということで久しぶりに海外部門を復活させることになったんです。そこで海外の映画祭でとても話題になった作品を上映したんですけど、お客さんがまったく来なくて(笑)。ある台湾映画の上映回では“3人”というのがありました。

一同:……そ、それはキツい。

荒木:でもゲストの監督とわずか3人の観客とのトークがすごくよくて、救われましたね。

――矢田部さんにも、そういう心臓が縮むような裏話はありますか。

矢田部:それこそ数限りなくあるんですが、国際政治の影響を受けると色々なことが難しくなります。日中関係が最悪の状態になった年には、中国映画の出品キャンセルがありました。国際イベントなので、政治の影響を受けるのは避けがたいです。しかし、逆に文化芸術の交流が政治の壁を越えることもあるわけで、大きなやりがいにも繋がるのは言うまでもありません。

放談風景3

また、上映作品が多いので、上映する素材(かつてはフィルム、現在はデジタル素材)をいかに映画祭上映時までに漏れのないように確保するかというのが、意外に重要な業務なのです。日本語字幕翻訳をするためにも、上映素材を早めに確保が必須です。このままでは映画祭の上映に間に合わないという事態が過去数回あり、素材を確実に受け取るために、スタッフが直接ギリシャやパリや北京などに弾丸出張したことがあります。これは本当にしびれます。

――まさに国際イベントゆえの苦労ですね。

矢田部:昨年は、受賞が発表されるクロージングの日に、グランプリを受賞することになっていた海外作品の監督と俳優が見当たらないという事態がありました。当人たちは当然受賞のことは知りません。携帯に電話をしてみたら「富士山を見に行ってるんだよー」とのんきな返事。こちらはブチ切れて「バカ!富士山は遠いんだよ!今すぐ帰ってこい!」と絶叫。彼らはUターンして帰ってきてギリギリ授賞式に間に合ったのですが、あれほど前日にスケジュールを確認したのに…。本当に海外ゲストは自由で素晴らしいです(笑)

※第3回はいよいよ最終回! テーマは「映画祭のアカルイミライ~でも、やるんだよ。なぜならそこに映画ファンがいるから(仮)」。 熱き思いを語っていただきました。6/19(金)にUP予定、必見です!

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■プロフィール■

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矢田部吉彦

■プロフィール

1966年フランス生まれ。銀行勤務、英仏駐在・留学を経て映画業界へ転職。映画配給・宣伝を手がける一方、ドキュメンタリー映画のプロデュースなどに携る。2002年から東京国際映画祭にスタッフとして参加。2004年から現在まで上映作品選定を担当している。2007年よりコンペティションのディレクターに就任。
(「東京国際映画祭」公式サイトはコチラ

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荒木啓子

■プロフィール

映像製作・宣伝などの仕事の後PFFに関わり「UK90ブリティッシュフィルムフェスティバル」から各国映画祭運営に参加。東南アジア映画祭(国際交流基金アセアン文化センター主催)のヤングシネマ部門プログラミングディレクターなどを経て、1992年にPFF総合ディレクターに就任。日本のインディペンデント映画を国内外に紹介することに力点を置く活動を続けている。

(★5/30(土)~ 一週間連夜の自主映画イベント「夜のPFF課外授業 入門!インディペンデント映画」を開催!詳しくはコチラ

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渡辺和則

■プロフィール

1979年より東京都多摩市役所に勤務。公務に並行して1990年より市の公共施設を用いて市民主体の映画イベント”TAMA映画フォーラム”(現在のTAMA CINEMA FORUM)の立ち上げに尽力。市民と市役所双方を結ぶ存在として、同実行委員会コーディネーターとして活動している。
(「TAMA CINEMA FORUM」公式サイトはコチラ