カンヌ国際映画祭など海外で高く評価されている小林政広監督が、俳優人生65年の仲代達矢のために脚本を書き下ろした映画『海辺のリア』。6/3(土)に全国ロードショーされる今作の主人公・桑畑兆吉は、まるで仲代の人生を投影したかのような人物。限りなく地に近い役をどのように捉え、演じたのか、仲代達矢に聞いた。

仲代達矢

“仲代達矢”をテーマにした
映画だと言われました

――小林政広監督との作品は、’10年『春との旅』、’12年『日本の悲劇』に続いて3本目となります。

最近、原作付きではないオリジナル作品が少なくなってきていますが、小林監督の作品は一貫してオリジナルです。この3本はいずれも私が70代後半になってからの作品ですので、人間の老いをテーマにしているところが共通しています。

今回、ホン(脚本)を開いた時に「これは仲代達矢をテーマにした映画です」と書かれていたので、監督が“仲代達矢が認知症になったらどうなるか”を描いたのではないかなと思います。具体的に認知症というものがどんな風になるものなのかは分かりませんが、私も固有名詞が出にくくなったりしてきましたのでね(笑)。今は85歳を過ぎると末期高齢者と呼ばれるそうで、監督の目の中にはそういった社会的な面も含まれているのではないかと思います。

――認知症という未知の状態を演じることは難しかったのではないですか?

息子や娘に対して「あんた、どちらさん?」というセリフが出てきますが、本当にそんなに分からなくなるのかな? と思いました。でも、調べてみるとそうなるらしいんですね。兆吉は役者であったがために、シェイクスピアのセリフだけは覚えているというのが、この作品の一つのミソだと思います。

仲代達矢

これまでに出会った
ことのない新鮮な映画

――今作は、仲代さんが舞台で演じていないシェイクスピアの「リア王」のストーリーや登場人物になぞらえているなど、小林監督から舞台人である仲代さんへのラブレターのようにも感じ取れました。

いやいや(笑)、ラブレターなんかじゃないですよ。仲代達矢を暴露してやるというような作品です。
小林監督はセリフが非常にうまく、説明的なセリフをいれずに人間対人間の掛け合いの中で関係性を浮き彫りにしていくのですが、そのセリフの中にかつて私自身が母親のことを書いたことが利用されていたりするんです。他にも、私が発言したことだったり、本に書いたことを利用して監督は脚本を書いています。ですので、「あれ? こんなこと昔言ったな」というようなことがあって。

――そういった面でも非常に地に近い役だったのですね。

本当は、自分が自分を演じるというのは一番難しいのですが、もういいやという感じでやりました(笑)。うまくやろうとしてもうまくいかないときはいかない。今回の『海辺のリア』の場合は、「リア王」のセリフを覚えること以外は特別なことをしなかった気がします。昔はガチガチになって、どうやったら上手くできるだろうかと一生懸命やってきたのですが、最近は成るようにしか成らないと、少し楽になった気がします。

――最近というのはいつ頃ですか?

19歳で俳優学校に入り、そこから舞台と映画の二足のわらじでやってきましたが、一度、50歳を過ぎた頃に俳優とはこういうことなのだなとようやく感じる瞬間が出てきたのです。舞台に立っていると、もう1人の仲代達矢が出てきて「違う違う」と言ってくる。「ちょっと間があり過ぎ」とか「もっと早く言え」とか言って、すごく嫌な奴で(笑)。楽になったのはそこから20年経て、70歳を過ぎたころ。自分自身で自分を暴露してやれと思うようになったんです。

そうして80歳を過ぎて、『海辺のリア』で主役のお話がいただけるのですから、本当に私は幸運な俳優人生を送ってきていると思います。これほど地に近い役をやったことはなかったですし、私が認知症になったら、こういうことになるのかなということを頭で考えながら演じるというのもこれまでの作品にはなかったことです。とても新鮮な映画だなと感じました。

仲代達矢

自分はこんな立派な作品に
出ていたのだとうれしくなる

――『海辺のリア』の公開をきっかけに、日本映画専門チャンネルでは仲代さんの過去作品も多数放送されることが決定しています。

昔は自分の映画を観ると、演技下手だな、嫌だなと思っていましたが、今はこんな立派な作品に出ていたんだと感じるので、非常にうれしいです。

『影武者』の4Kデジタルリマスター版は、私も拝見しました。とても綺麗で、「あれ? 封切りのときよりいいかな?」と思いました(笑)。『影武者』はもともと勝新太郎さんがやられるはずだったというのは有名な話ですが、勝さんが降板して、私がやることになった。普通代役というのはうれしくはないんですけれども、その前に何本か出させていただいて、黒澤明監督という人は天才だなと思っていたのです。自分が作りたいものを作り、そこにエンターテインメントをちゃんと入れる。映画作りの天才だなと思いますので、引き受けました。

勝さんは友達なのですが、実は試写会に勝さんもいらしたんです。鑑賞後、勝さんが「やっぱり俺の方がいいな」と冗談めかしたら、それを聞いた新聞記者の方が「勝さんだったら、もっと良かった」と言ったので、思わず(私が)「勝さんの『影武者』見たのか!」と言ってしまったというね。私も若かったです。
いろいろありましたけれども(笑)、カンヌ国際映画祭で最高賞を獲れましたね。

――加えて、『海辺のリア』のキャストが選ぶ仲代達矢の1本というのも放送されます。

阿部寛さんが小林正樹監督の『切腹』、原田美枝子さんが『乱』、小林薫さんが『影武者』を選んでくれたこともうれしいですが、黒木華さんが成瀬巳喜男監督の『女が階段を上る時』を選んでくださってるんですよね。
この作品には高峰秀子さんが出ておりますが、高峰さんは僕の映画の先生みたいな方で、ずいぶん怒られました(笑)。自分でもいいなと思っている作品をこうして選んでいただいたことはとてもうれしいです。

――仲代さんは秋からは舞台も決定していますが、小林監督とはすでに次回作のお話もされているとか?

演劇は自分で企画して1年に1本やっておりますが、映画は誰かに使ってもらわなければ、やりたいと思ってもできません。ですから、声を掛けていただけることはありがたいことだなと思います。
役者はアスリート的な部分がありますので、限界はあると思いますが、できる限りやりたいと思っています。小林監督とは今度、悪い奴をやろうと話しました。例えば『シャイニング』みたいなものを。歳は食ってますけど、悪知恵だけは若者よりありますからね(笑)。


仲代達矢

なかだい・たつや●1932年生まれ、東京都出身。’52年、俳優座演劇研究所付属俳優養成所入所。黒澤明監督『七人の侍』(’54年)のエキストラの浪人役でスクリーンデビュー。以後、『人間の條件』(’59-’61年)、『用心棒』(’61年)、『乱』(’85年)など日本映画史に残る多くの作品に出演。’75年に後進育成のための「無名塾」を創設。2015年には文化勲章を受章。10/14(土)から主演舞台「肝っ玉おっ母と子供たち」を全国で公演予定。

  • ●撮影:中川容邦
  • ●取材・文:及川静

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『海辺のリア』

2017年6月3日(土)公開

海辺のリア

小林政広監督と仲代達矢のタッグによる3作目。桑畑兆吉(仲代)は、かつて舞台や映画で活躍し、俳優養成所を主宰する大スターだった。しかし、今や認知症の疑いがあり、娘とその夫に高級老人ホームへと送り込まれる。ある日、施設を脱走した兆吉は、何かに導かれるように海辺を歩き続け、そこで妻とは別の女性に産ませたもう1人の娘と再会する。

映画『海辺のリア』公式サイト

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「特集 役者 仲代達矢」
特設サイト

2017年5月26日 配信