毎回一人の映画人をゲストに迎え、あるテーマに沿って3本の邦画を厳選してご紹介していくレギュラーコラム、いよいよ今回が最終回!最後まで是非ご堪能ください!

今回の映画人

映画監督 岩井俊二

岩井俊二

1963年生まれ、宮城県出身。1988年よりドラマやミュージックビデオ、CF等、多方面の映像世界で活動を続け、その独特な映像は“岩井美学”と称され注目を浴びる。1995年に公開された初長編映画「Love Letter」は韓国はじめアジア各国でも大ヒットを記録。以降「スワロウテイル」(96)、「リリイ・シュシュのすべて」(01)など話題作を次々と発表し、今回黒木華を主演に迎えた最新監督作「リップヴァンウィンクルの花嫁」が3月26日(土)公開となる。

今回のテーマ : 岩井俊二×女優たち

1本目

『Love Letter』

『Love Letter』

放送スケジュールを見る

“意外なインスパイア”を基にした、中山美穂主演の長編映画デビュー作

劇場用に初の長編映画を監督することになり、協力プロデューサーだった河井真也さんから「ヒロインに中山美穂さんはどうか」と切り出されたんです。当時の彼女は歌手とTVドラマが活動の中心。この『Love Letter』で用意していたのは神戸に住む“渡辺博子”と小樽にいる“藤井樹”の2役で、前者が中山さんの従来のイメージ上にある明朗なキャラクター、後者がやや翳りのある役柄だったのですが、まずはとりあえず、どこかのスタジオでお会いしたんですね。実物はテレビの印象とは違って、“渡辺博子”より“藤井樹”のほうが似合う方でした。どちらの役も演じることができるな、と安心していたら「映画の撮影ってあまり好きじゃないんです」と告白され、「えっ!?」って感じで。「じゃあこの撮影で、一緒に映画を好きになっていきましょうか」なんて、とってつけたようなことを言ったんですけどね(笑)。

クランクインして、前半戦で“藤井樹”のシーンを固めて撮り終えました。滞りなく進み、いよいよ後半戦、来週から“渡辺博子”編というときに「どう演じたらいいんですか?」と質問が。素が近かったので僕的にはそのまま自然にいてくれればOK、過剰に演じる必要はまったく感じていなかったのですが、本人の中では「しっくりと来ていない」と。これは意外に手こずるかもしれないと覚悟し、そこで大学時代につくった自主映画でこんなのがあって、とか、心傷ついた女の子の物語をいろいろ話していたら、「何だか分かった気がします」とこちらが想定していなかった早いタイミングで合点がいったみたいで。胸を撫で下ろしたのと、ちょっと拍子抜けしたところもありつつ、後半戦へと突入していきました。

亡くなった婚約者の中学時代の同級生、しかも同姓同名の“藤井樹”と、哀しみの癒えぬ“渡辺博子”がひょんなことから文通をするというのが基本プロット。インスパイアされたものは、3つほどありました。アメリカの作家ジャック・フィニイの『The Love Letter』……日本では『愛の手紙』と訳された短編小説があって、時間を超越した手紙でのやりとりのお話なのですが、学生時代に愛読していました。それから、アメリカ映画『チャーリング・クロス街84番地』(86/デヴィッド・ジョーンズ監督)。ニューヨークの女流作家(アン・バンクロフト)とロンドンの古書店主(アンソニー・ホプキンス)との20年以上に渡る往復書簡の物語なんですけど、これもとても好きな作品でしたね。あと、視聴者から寄せられた疑問や依頼に応えていく関西発のバラエティ番組『探偵!ナイトスクープ』のある回。見知らぬ人から「文通しませんか?」という手紙が届き、何だろうと思って番組に調べてもらったら相手は小学生の女の子で、親が昔買って家にあった古い雑誌の文通欄の住所に、面白半分に送ってみたのだと。ある種のタイムスリップ現象ですよね。手紙によって日常が異次元へと入り込んでしまう面白さを目の当たりにし、「ああ、こういうのをやりたいな」と、自分も“手紙もの”にトライしてみようと思いました。

1995年はまだインターネットが普及する前で、PHSが主流、携帯電話がそろそろ一般にも広がりそうな気配を見せていた頃ですよね。現代のように見知らぬ人と気軽にコミュニケーションを取るなんて、稀な時代でした。僕はといえば家や学校、近所のコミュニティの持つ閉じた空気が息苦しく、旅を通して“ここではないどこか”にいる人たちと繋がりたいという、ヒッピーイズムのようなものに子ども時分から取り憑かれていたところがありまして。大学に行くんだとしたら最初から地元の仙台はありえなかったし、どこか遠くへと飛び出したい気持ちがあったんです。そういう志向は、表現においてはこの作品や、『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(93年にテレビ放映、95年に劇場公開)にも表れていると思う。で、“ここではないどこか”にいる人たちとの密なコミュニケーションはもはや、今日のSNSでいい意味でも悪い意味でも普通になってしまった。それを描いた新作の『リップヴァンウィンクルの花嫁』は、『Love Letter』のアップデート版のような気がします。

2本目

『四月物語』

『四月物語』

放送スケジュールを見る

敢えて“生粋の溢れ出るオーラ”を封じ込めた、松たか子映画初主演作

僕は昔からそうなんですけど、脚本や企画が3本ほどストックできたら1本 アウトプットしていく習性があるんです。つまりポケットの中に何も入っていない、手持ちゼロで自分の人生をすべて懸けるようなことは避けたいんですね。ところが『四月物語』(98)は、『スワロウテイル』(96)が公開され、翌年に『ウォーレスの人魚』という小説も書き終わって、完全に自分の手持ちがなくなった状態で臨んだ珍しい作品でした。といってもまず、松たか子さんのミュージックビデオの依頼が先にあり、「空の鏡」のMV、さらにはビデオクリップ集『filM 空の鏡』を発表してから映画づくりへと移行していったのですが。

松さんのTVドラマ初出演は、NHK大河ドラマの『花の乱』(94)。その前年、スタジオでトークをする宣伝番組に彼女は出ていたんです、主要キャストのひとり、奥田瑛二さんらと共に。それを偶然見て、輝くオーラに「なんだこの子は!」と衝撃が走ったんですね。当然、大河ドラマを見始め、名前を知り、名家の生まれだということも分かって、なるほどな、という感じではあったのですが、それから何かの映画賞の受賞式に出席した際、廊下ですれ違ったときのオーラもすごく、実は『スワロウテイル』の打ち上げにも誰かに連れられてきていて、光輝く気配があって、目で追うと「またあの子だ!」と感嘆させられた。それでいつか御一緒したいと思っていたところ、タイミングよく事務所の方から話があったわけです。本人に言いましたよ、「あの宣伝番組から注目していたレベルのファンは僕以外、なかなかいないんじゃないか」って。これではなんか、ストーカーっぽいですよね(笑)。

この『四月物語』では北海道から上京してきた“ごく普通の女子大生”の役で、生粋のオーラを見せないよう、封じ込めるのが大変でした。今は彼女も役柄に同化して、自分で閉じ込める方法を心得ているんですけれども、このときは止めどなく溢れ流れていましたね。たとえ封じ込めても活火山のマグマのごとくそれがいつも出かかっているところがスリリングで、銀幕のスターってこういう人を言うんだなあと思いました。やっぱりあのくらいの魅力を無理やり役の中に押し込み、“普通”をやらせるからピッタリとくる。映画って大勢の観客が大きなスクリーンを仰ぎ見るわけで、きっと、等身大の普通を持ってきてもそぐわないんでしょうね。そんなことをそこはかとなく感じました。

撮影自体はとても地味で、日々歩いているか自転車に乗っているか、あまり芝居をするシーンがなく、自分でも「こんな日常の連続で、映画の物語になるんだっけ」と不安を覚えつつ進めていきました。台本通りに撮っていたんですけれどね。編集作業に入り、最初のラフ編集は2週間ぐらいで上がって、周囲は「もう出来上がるんだ」と驚き、僕も1ヶ月ほどで終わるだろうとタカを括っていたら、そこからずーっと繋いで切って、また戻しての繰り返し。全編、初めて劇中の音楽を構成したのも要因で、半年以上、音響との兼ね合いを考えながら編集していましたね。最後には「いつ終わるの?」と呆れられた挙句、完成へと至りました。

前作の『スワロウテイル』が大規模な作品だったのでモードを変えたかったのですが、ラストの雨のシーンだけは大仕掛けになりまして。ひとつのストリート一帯に雨降らしをすることになり、撮影にご協力いただいた現地の住人の方々には大変ご迷惑おかけしました。もしも、あの周辺が撮影のできない場所になっていたら、それはこの映画のせいかもしれない。撮った画は非常にファンタジックで可愛らしいんですが、実際やったことといえば大型クレーンで高所から延々と、大量の水を降らしたんですから。しかも早朝の4時とか5時に。あの頃は乱暴でした。特にカメラの篠田(昇)さんは撮りたい画のためには容赦がなくて。僕よりひと世代上の映画人たちって、本当にアナーキーなんですよね(笑)。

3本目

『リリイ・シュシュのすべて』

『リリイ・シュシュのすべて』

放送スケジュールを見る

オーディションから見えた“光るもの”に引っ張られた蒼井優映画デビュー作

キッカケは、『Love Letter』の撮影の帰りに機内でたまたま読んだ記事、世の中に波紋を広げていた中学生の自殺事件でした。ふと思ったのは、学生時代のことです。ただただノスタルジックに振り返る人もいれば、おぞましくて目を背けたい人もいるのではないか。学校の中にも歴然と“闇”はあって、いつかそれと真正面から向き合い、描くことになるような予感がしたんですね。完成するまでにいろいろな経緯を辿ったのですが、まずは小説という形でネットで連載しました。最初からその形態を選んだわけではなく、出口が見えずに脚本執筆を中断していた時期に、すでに作品に合わせて楽曲を書いてくれていた小林武史さんと話しまして、まずは小説にしようと。しかも音楽とのコラボレーションを考えて、インターネットでの連載小説になったんです。

当時としては斬新なスタイルで、完成した小説を発表するのではなく、掲示板(BBS)を使ってリアルタイムで書き込んでいく。そのプロセス自体が小説となるような手を取れないか、とプランを練って、“リリイ・シュシュ”という架空のアーティストのファンサイトをつくりました。で、BBSをひとつのフィールドにしていろんな情報を発信し、一般の方々も巻き込んで、そこでコミュニケーションを交わしながら進めていく。いざスタートしてみたらこちらの想定以上に皆さん、ファンになりきって参加し、書きこんでくれたんですね。それに下支えされながら僕の筆もノっていきました。

ネットでの連載を終え、あらためて小説版を出版し、映画用のシナリオも用意してクランクインへと至ったのですが、自分の中では3人のヒロインがいて、中学校の先生(吉岡麻由子)と生徒2人(伊藤歩、蒼井優)のバランスに注意を払いながら撮影していきました。メインの久野陽子役が『スワロウテイル』でも御一緒した伊藤歩さんで、クラスメートの津田詩織役、蒼井優さんは当時15歳。オーディションで選んだのですが、蒼井さんのほうはまだ演技的には何もできなかったですね。ただ、何か光るものがあり、彼女に引っ張られて役柄がだんだんと変わっていくことに。

用意した台本は成立せず、何枚も捨てました。彼女だけではなく主役の市原(隼人)くんをはじめほとんどがそうで、現場の雰囲気は、公園に遊びに来ている普通の学生たちに声をかけて「ちょっと君たち、この動きをやってみてくれない?」とお願いしている感じ(笑)。ひとつシーンが終わると集中力が切れて、カメラの外に遊びに行っちゃう。計算が大きく狂って、撮影しているあいだ中、自分でワケが分からなくなってました。果たしてこの作品は成立するのかって。まあ、仕方ないですよね。向こうはまだ子どもで、こっちは大人、映画を撮りたくて集まっている。彼ら彼女らは別にそうではない。だから、その場にいてくれるだけでも幸せだと思わないと。とはいえ何度もクビをひねっていましたよ、撮影現場の片隅で(笑)。

蒼井さんは無邪気にどのシーンもやっていました。ときどき恐ろしいシーンになるとカラダが固まるんですが、その固まり方も本気で。でも何をさせられているのか、この場面はどんな意味なのか、多分理解していなかったんじゃないか。喫茶店でのけっこう重要なシーンがあり、試しに演技指導をしておこうと思って一日だけ市原くんと蒼井さんを事前に連れてきて、意味を説明したんです。で、「分かる?」と訊いたら、「そういうの分からない」って。「そうか……じゃあ本番行こうか」と言うしかありませんでした。

キービジュアルのひとつに、津田詩織のエピソードに出てくる“田園に立っている鉄塔”があったのですが、そこにカイトを飛ばしたのは撮影中、夕方に多摩川を車で走っていたら、練習しているカイトのチームが視界に入ってきたんです。それで急遽思いついて後日、日本を代表するチームとコンタクトを取り、撮影現場で揚げてもらったんですね。公開当時、僕は「遺作を選ぶならこの映画」と述べましたが、そのくらいキツい内容だったということです。底なしの真っ黒な闇を歩いているみたいで、「なんて忌まわしい物語に俺は取り組んでしまったのだろう……」という考えしか撮影中はなかったです。生前最後につくった作品が遺作となるわけですけど、あらかじめ決めておけるのだったらまさにこれだよなって。あるいは、「これを撮ったから死んだのか」と言われるような、「それくらいの題材を今、俺は扱っている」という実感からこぼれた言葉で。そこまで自分を追い込んでいたんですよね、あの頃は。
(取材・文/轟 夕起夫)


最新監督作はこちら

リップヴァンウィンクルの花嫁

2016年3月26日(土)公開

リップヴァンウィンクルの花嫁

新婚早々、浮気を疑われ家を追い出され、全てを失ってしまった派遣教員の七海(黒木華)は、何でも屋の男・安室(綾野剛)に奇妙なアルバイトを次々と斡旋される。そんな中、七海は不思議な魅力を持つ女性・真白(Cocco)と出会う。

映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』公式ページ

岩井俊二監督サイン入り 原作小説
5名様にプレゼント!

岩井監督サイン入り原作小説5名様にプレゼント!

応募締切:2016年4月30日(土)深夜12時

応募受付終了しました

2016年3月11日 配信